伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 12/仮想電脳都市コイマチ1930  『カルパッチョとモンブラン』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

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12/仮想電脳都市コイマチ1930  『カルパッチョとモンブラン』

 現実の世界だ。出張滞在先のアパートである。毎年秋から冬にかけたあたりで、実家から栗一箱が贈られてくる。栽培している栗畑で収穫したものだ。箱を開けると学生時代を思いだす。そのころも、親しくしている大学講師や友人に配ったものだった。僕がいた学生寮は食事つきだった。自分で料理がしたくなると、愛也の家に押し掛けたものだった。
 彼のアパートは大学の近くにあった。木造二階二十世帯のアパートで、風呂・トイレが共同の1Kアパートだった。湿気の多い六畳部屋で、背高のっぽの書棚が二つ並んで天井までのびていた。台所スペースは案外と広い。収納ケース、炊飯器、電子レンジもあった。愛矢ときたら、そのくせ、おかずらしいおかずはつくらず、もっぱら御飯だけ焚いて、お茶と佃煮ですませていたのである。食材をもって僕が訪ねてくると、歓待されたのはいうまでもない。
    ☆
 例えば夏――
 カルパッチョが食べたくなった。土日、学生寮の食堂は閉鎖となるので、恋太郎は、キャンパスに近いところにある愛哉《よしや》のアパートの厨房を借りて昼食をつくることが多かった。
 鰹《かつお》の刺身を買ってきて、ぶつ切りにし、オリーブ油と洋酢で満たした小鉢に漬けておく。少ししてからレタスにのせ、スライスしたトマト、水に浸して辛みを抜いた玉葱を添えて、上から塩胡椒・バジルで味付け──これが恋太郎のカルパッチョだった。
 愛哉はウオッカを用意していた。ラベルにはアルコール度四〇とある。甘い香り草《ハーブ》が入ったボトルで、ズブロッカーという銘柄だ。
 キッチンのついた六畳の板の間に円卓を、どかん、と置き、いかにも道端で摘んできたようなスイートピーをコップにさし、若い男子二人がランチをしている。ふつう、こういうことは男女でするものだ。
 愛哉は酒好きな割にはアルコールに弱く、すぐ赤くなる。フォークにぶつ切りを刺し、口に放り込みながら、恋太郎にいった。
「恋太郎は、ほんとに料理上手だな。いい『嫁さん』になれるよ」
「相手がいない」
「じゃあ、俺の──」
「カルパッチョがまずくなる。いうな」
 恋太郎は愛哉の口を塞いだ。
 鰹の生臭さを消すにはウオッカが向いている。もてないくせに、開けた窓から望む初夏の緑を肴にランチを楽しむ男子が二人いた。
    ☆
 秋では――
「ほお、栗ご飯か。実は大好物なんだ。恋太郎、ほんとに料理上手だな。結婚しないか?」のっぽの愛矢がいった。
「裁縫道具貸せ」十人並みの背丈をした僕が答えた。
「ボタンつけまでしてくれるのか?」
「口を縫ってやる」
やがて、甘い栗ご飯の匂いが部屋じゅうを満たした。 恋太郎の視線がラックの上の花瓶にいった。
「ススキかあ。この花瓶は小母さんの? 栗ご飯で月見っていうのもいいよな」
 愛也の母親は陶芸教室をやっている。黒い上薬をかけた頚の長い花瓶だった。
   ☆
 突然、玄関のチャイムが鳴ったので、「また新聞の勧誘かよ」と面倒くさそうに愛也が扉をあけたのだが違った。僕と同じくらいの身長、長い髪、きゅっ、としまったウエスト、四肢はすらりと長い。頭はあまり大きくないので八頭身体型だ。柳眉というのに相応しい細い眉、その眉の端と目尻、口の端を結んで顎にぶつけた角度は四十五度に収まる。あるいは、鼻頭と顎を線で結ぶと唇が枠内からはみださない。美女の法則をすべてクリアした美女だった。スーツ、タイトスカート、ハイヒール。さりげなくイヤリングで飾っている大人の女性だった。そんな美女が、東京・代官山ではなく、ひなびた、男子ばかりが住んでいる、八王子野猿街道沿いのアパートを訪ねてくるのは、場違いというのを通り越して、シュールな展開ではないか。
「麻胡先生!」僕と愛矢は同時に叫んだ。
 その人は西之麻胡といった。高校時代の化学教師で、いまは大学院に在学しているため、都内のアパートで暮らしている。先日、お裾分けで栗を贈っている。
「やっぱり愛矢君のところにきてたか。恋太郎君、栗、ありがとね。モンブランケーキ、つくったから、もってきたよ」
「あっ、ありがとうございます。恐縮です。紅茶、いれます」ケトルで湯を沸かし、愛矢のところにあったダージリンの葉をティーポットに入れて、カップに注いだ。
 栗ご飯を食べた後、三人で月見のティーパーティー になった。テーブルを窓際に寄せて、窓を開け電気を消す。紅茶はダージリンにオレンジの果肉を浮かべたもの。そして麻胡先生が持参したモンブランを添える。
 モンブランのクリームが、恋太郎の口のまわりについたのが月明かりでも判る。麻胡先生は、「子供ね」と、くすくす、笑って指で恋太郎のクリームをとってやる。恋太郎の心臓が高鳴りだした。
「恋太郎、なに、赤くなってんだ?」
「くっ、暗いのになぜ判る?」
「推理だよ、推理」
 オレンジの香り、麻胡先生が好んだ香水の匂いが部屋中に漂っている。
   ☆
 突然、頭を殴られたような痛みで、恋太郎は半身を起こした。
「愛也、おまえか? 殴ることないだろう?」
「麻胡先生の名前を呼んでいた。幸せそうな夢をみているようだから、邪魔してやりたくなったんだ。自然の摂理というものだ」
「非道な奴だ」
「お詫びにオレンジの効いた紅茶をいれてやるよ」
 窓から中秋の名月が望める。毎度のごとく、もてない男子二人の宵の宴はつづくのだった。
 大学卒業後、電脳都市を運営している会社に就職した愛矢。僕は遺跡調査の会社に就職した。しばらく音信不通だったのだが、電脳都市限定の恋人・博多マイコが、ストーカー事件に巻き込まれた件で、愛矢は僕に接近してきた。日本髪・和装の伶人は、本人ではない。恐らくは愛矢なのだろう。そんなふうに感じる。しかし、僕と愛矢の思い出に浸るとき、きまってでてくるのが、憧れの化学教師・麻胡先生だ。マイコと麻胡。なんとなく音が似ている。オリジナルなマイコは、実は、麻胡先生ではないのか。否、モンブランの夢と同じで莫迦げた妄想だ。あり得ない。
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