伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 10/仮想電脳都市コイマチ1930 『愛矢』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

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10/仮想電脳都市コイマチ1930 『愛矢』


 僕・田村恋太郎には川上愛哉(よしや)という幼馴染がいた。クリスチャンであるため、キリストの別名であるヨシュヤから名を戴いたのだそうだ。恋太郎に愛哉で恋愛コンビだ。僕は十人並みだったが、愛矢は学年一番のノッポだった。
 秋の休みの校舎屋上だった。修学旅行以降、愛哉に元気のないことに気づいた。
「忘れられないのか?」僕は、愛矢の肩を叩いた。
「忘れられない」
「いつかまた会えるさ」
「根拠は?」
「ない」会話が止まった。
 修学旅行のときだ。東大寺の裏山にある坂道を僕と愛哉が登っていくときのすれ違いだった。チョゴリを着た女子学生とすれ違った。袴のような紅のスカートを胸の所で締めている。長い黒髪を優美に結わえた少女だった。坂道を降りる愛哉は少女に見とれて後ろ姿を追いかけた。そのことを愛矢は思い出した。
「あの娘(こ)にはもう会えないんだよな。一度だけでいい。口づけできたら死んでもいい」
 恋太郎は微笑した。
「じゃあ、すぐに死ねる。愛哉は空気を吸うだろう。空気はつながっている──ということは……あの娘の唇とつながっているんだ」
「──で、毎日口づけしているというわけか?」
「そのとおり」
 愛哉は苦笑した。
「そんなことをいつも考えているのか、恋太郎? おまえって莫迦だな」
「うん、莫迦だよ」
 僕は、鞄(かばん)からB5サイズのスケッチブックを取り出して愛哉に渡した。記憶を頼りに愛太郎は少女を描いていたのだった。
「似ていない……」
「じゃあ、いらないな」
「いらん、とはいってない」
 自慢になってしまうのだが、僕は七歳から画家について絵を修行しており、何度もコンクールに入賞していた。周りはセミプロ級の腕前だといってくれている。われながら、彼女の絵は上出来だった。
 翌朝、校門の手前の道を恋太郎が歩いていると、後から呼び止める声がした。振り向けば愛哉がおり、かすかだが、唇にパステルの色がついていた。
「定着糊(フィキサーチーフ)を切らしてたんだ。愛哉、口づけしたのか? 絵の具は鉱物質で毒だってこと、知っているだろう? 馬鹿だなあ」
「口づけしたかったのだから仕方あるまい。そうさ、馬鹿さ」
 愛哉は、胸のところで十字を切ってから笑った。
 大学を卒業してから、しばらくして、連絡がとれなくなった。幼馴染でも、別々の道を歩み出してゆくと、だんだん、疎遠になってくるもののようだ。しかし意外なところに、というか、知らないのはこちらだけで、彼はすぐそばにいたのだ。
      ☆
 カウンターの背後であるキッチンの壁際は、天井まで届くと思われる棚になっていて、洋酒やらグラスがずらりと並んでいた。マスターは、赤い蝶ネクタイとチョッキを身に着けていて、口髭がトレードマークだ。せっせとグラスを布で磨いている。
 愛矢はニッカのウイスキーを注文した。奴の好みは、それと、チョコレートだ。皿には包まれたチョコが皿盛りになっており二人は肴にした。
「ここ、渚のバーは、外部から完全に遮断されている。個人情報保護という点では、一般メールよりも信頼性が高いんだ」ロレンス役を演じている管理局スタッフの愛矢がいった。
「管理局内で話をすればいいだろうに……」
「いや、ここは、一般ユーザーとスタッフが、内緒話をする場所だ。市街地には敵・工作員がうろついている」
「工作員? ハッカーのようなものか?」
「そんな感じだ」
 博多マイコがデートをすっぽかした理由と、敵・工作員の存在。どんな因果関係があるというのだ。アラビアのロレンスをアバターにした運営スタッフ・愛矢が内緒話専用のバーに、僕を案内した理由を知りたかった。
「博多マイコさん、彼女はたちの悪いネット・ストーカーにつけまわされている。実生活(リアル)でもそうだ。正確にいえば、つけまわされていて、相手が一度警察につかまった。それから敵は、どういうわけだか、彼女が、ここ、電脳都市(コイマチ)で、デートしていることをつきとめた。運営サイトの大型コンピューターをハックして、個人情報を引きだしたんだ。けっこうやばい」
「運営側・会社の対応は?」
「セキュリティー・システムを強化し、サイバー警察に通報した。マイコさんにも連絡し、ネットを一時使わないようにするように警告もした。だが上の連中の対応はそこまでで、深入りは避けようとしている」
「愛矢、で、おまえはどうするんだ?」
 白いスーツ姿のロレンスのアバターが、マスターがよこしたスコッチを、ぐいっ、とあおった。合わせて学生風の青年である僕のアバターもグラスを傾ける。アイスロックが音をたてる。
「上の連中は、マイコさんが個人的に犯罪に巻き込まれかけていると考えている。彼女を一時、コイマチから隔離さえすれば、このサイトは安全だと思っているんだ。実際はそんなに甘くはない。地震のときのハツカネズミの対応によく似ている。奴らは、小さなくぼみに頭を突っ込んで、身体の大半を外に露出させたままで、安全を確保したと勘違いをする。そんな感じなんだ」
「で、個人的に、ハッカーの身元を調査しているってわけか?」
「そういうことだ。そして、おまえにも警告だ。コイマチにはしばらく、出入りしないほうがいい」
「そうか」僕は答えた。そういうことなら仕方あるまい。しかしマイコのことが気になる。
「……というのは上層部の考え。俺を手伝ってほしい」
「どういうことだ」
「相手は、ネット上のことではあるけれども、マイコさんの交際相手であるおまえをマークしているようだ。マイコさんのアバターのダミーを準備する。おまえは、いままで通りに彼女とデートしていてくれ。ただ、裏側では、こういう事情があるってことだけを承知してくれればいいんだ」
 判ったような判らぬような事情だ。それから話は、なし崩し的に思い出話になった。
     ☆
 僕と川上愛矢が通う椿が丘高校は、地方都市にありふれたデザインの鉄筋モルタル三階建て校舎で、一階から、上にむかうに従って上級生の教室となってゆく。一学年が十クラス、一クラスの定員は四十名強といった感じの公立高校だ。僕と愛矢の成績は真ん中よりは上だったし、周囲にはそれなりに馴染んでいた。
 芳野彩という娘がいる。身長は、のっぽな愛矢には及ばないものの、平均よりもやや高い恋太郎と同じくらいある。女子としては高いほうで四肢がすらりと伸びている。長い髪、細面。耳と顎が少し尖っている。世間一般でいうところの、美少女の範疇に属しているのだが、少し変わった容貌だ。成績はいつも学年トップクラスにいる。知恵があるということで、皆は、チエコと呼んでいた。親友は西田加奈、同じような背格好だが、ショートカットを好んでいる。
 ランチタイムでは机を並べて食事した。他の生徒たちがするように、チエコは加奈と机二つを一つのテーブルのように繋げて、むき合って、弁当を広げた。不器用な少女は困惑した。チエコは母子家庭だ。母親は仕事で忙しい。チエコも大学受験の準備もあるから弁当など作っている余裕がなく、専ら、売店で弁当を買った。ところが最近、そのチエコに変化が起った。毎日というのではないのだが、ときどき、自分で弁当を作って持ってくるようになったのだ。加奈はチエコの様子がわずかながら変わったことに気づいた。
 離れた席に僕と愛矢がいた。牧師の息子である、のっぽな生徒が腕組みをした。僕も愛矢も、母親が作ってくれた弁当をもってくる。おかずは、御飯の入った弁当箱とは別個のタッパ―に入っていた。けっこうなボリュームだ。僕たちは、おかずの容器の蓋を開くと、当たり前のように、机を重ねた真ん中あたりに置いたタッパ―へ、気兼ねなく箸をつけたものだ。二人は特に話題がなければ黙っている。食事が終わると実家が真言宗・檀家である僕は合掌し、牧師の息子である愛矢は拱手して祈った。早めに弁当を食べ終われば、それぞれ、本を読んだ。「何の本だ?」とかはあえては訊かない。ちょっとのぞきこめば済むことではないか。声をかけて中断するという行為はストレスを与える。二人は互いに無粋なことはしなかったのである。
 チエコはこちらの様子を何気に、ちらちら、みている。後で加奈に訊くところによれば、こんな事情があったようだ。
 加奈は、色白で、まつ毛の長い親友の横顔をみて、(ふうん。なるほどね)とは思ったのだが、追及はしなかった。加奈はタッパ―の蓋を開けた。デザートに苺が入っている。
 「食べる?」加奈が訊いた。
「私も持ってきた。どうぞ」チエコのは小さく切ったパイナップルだ。
 二人は爪楊枝で交換しあった。
 チエコは加奈の顔が愛矢にみえてきた。想像していた。恋太郎が座っている席に自分がいて愛矢とむきあっている。二人ともあまり話はしない。メインの弁当が食べ終わり、タッパ―の蓋を開ける。「食べて」というと、愛矢が、「えっ、いいの?」という。楊枝は二つある。恐る恐る手を伸ばしパイナップルの小片に挿して口に運ぶ。チエコは頬杖をついて、じっと相手の顔をのぞき込むのだ。
「美味しい?」チエコが訊いた。
「うん、とっても」
 二人とも微笑んでいる。
 ロングヘアの少女は、ちょんちょん、と指で腕を小突かれる感覚がした。加奈だ。チエコは顔を真っ赤にした。
「美味しい?」加奈が訊いた。
「うん、とっても」
 チエコと加奈は、食後、売店の前にある自販機で、珈琲牛乳と書かれた二百CC入りの紙パックを買い、ストローを挿して、屋上のフェンスにもたれて飲んだ。 
 ショートカットの娘が、「あの二人ってさあ、いいよね」と小声でいった。
 チエコはまた顔が真っ赤になった。なんて判りやすい娘なんだろうと加奈は思った。
      ☆
 危険な目に遭っているというマイコの話からいささか脱線してしまった。こういう形ではあったのだが、愛矢との再会は嬉しかったのだ。話が終わると、僕はロレンスこと愛矢に、元来たコッペル機関車が待つ海岸通りにある白雪に覆われた無人駅ホームに案内され、そこで、電脳都市画面をリセットした。
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