伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 09/仮想電脳都市コイマチ1930 『コッペル』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

09/仮想電脳都市コイマチ1930 『コッペル』


 いつものようにサイトにアクセスした。その日は、いつも待ち合わせている時間の路面電車に、博多マイコの姿はなかった。二十人が座ることができ、ぎゅうぎゅう、詰めれば倍は乗ることができよう。客車はそんな状態だ。
 ログイン画面にある、停車場から、僕のアバターが車両に乗り込もうとしたとき、むかいあった紳士がいた。白いスーツの人物で年齢は四十前後であろうか。ロングシートの中央にいる。いつもは緑色の和服を着た日本髪を結った舞妓が座っている場所だった。
.
 ――T.E.ロレンス中佐!
.
 中佐が、「恋太郎君、久しぶりだね」と親しげに声をかけてきた。
 路面電車は、大きな鳥居の前を横切って、中央駅に降りた。そこは市内路線とはまったく違う特設イベント会場と連結されている路線だ。イベント会場は、海だったり、スキー場だったりする。
 鉄筋とガラスでできたドーム状の駅で、五番ホームにはコッペル機関車が牽引する四両編成の列車だった。都市(まち)から離れた海へとむかう。季節は冬ではないか。この時期、この路線は封鎖してあるはずだ。本来なら、五番ホームの路線は運休になっているはずだった。
電脳都市(こいまち)は、1930年の世界を再現している。街の流行(はやり)はモボ・モガだ。青年男子アバターの服装・モボは、山高帽氏、ロイド眼鏡、セーラーパンツ、ステッキで飾ったモボ・スタイルだ。対する若い女性の服装・モガはベレー帽にスカートといった洋装、ショートヘアに、引き眉毛、頬紅、ルージュといったメイキャップが特徴的だ。 駅を行き交う客たちはそんな格好が多かった。
 この恰好はド派手なので、さすがに僕は引いた。だから僕のアバターは、この電脳世界で出会った魅惑的な舞妓・博多マイコが勧めるように、無難なガクランをアバターに着せている。
 列車の車掌は、深緑と紅の制服を着ている。鉄道要員というより、どちらかといえば、兵士のような格好だ。
 中佐は、車掌にパスポートのようなものをみせた。車掌は中佐に敬礼して、僕のトランクを持って、中に案内し、網棚にそれを上げてくれた。
 車両四両のうち、最前列が機関車、次が客車、食堂車、車掌車の順になっている。内装はヴェルサイユ様式の豪華仕様になっていた。白地に動植物をあしらった黄金意匠が施されている。
僕たちを指定席に案内した車掌が自慢げに言った。
「お客様、当列車の内装は、オーストリア皇帝の御用列車を参考にしています」
 市街地は南の湖意外は三方を山で囲まれている。東の山には、トンネルが穿たれていて、そこを超えると、いきなり、海になった。
     ☆
 機関車が、赤煉瓦のトンネルを越してほどなく、車窓から沖合を望むと山高帽のような島が現れるガクラン姿の僕は、布製の平たい専用バックから、スケッチブックを取り出し、手早く4B鉛筆で描き始めた。海に突き出たリアス式海岸の山塊だ。晴れた空が淡い青となり、海鵜の巣になった岸壁の頂きにある松林、麓の磯に透けて海面下をのぞくことができた。そこから電脳都市で流行のモボスタイルには欠かせない山高帽のような恰好をした絶壁の小島がみえた。もちろん、僕は『山高島』って名付けた。
 瞬間的に現れては消えるモチーフをどう描くか? かつて絵の師匠に訊ねたことがあった。
「カメラで写真をとっておいて、それを参考に、絵を起こせばよい」という答えが返ってきた。また師は、「問題は空気の色だ。森羅万象のすべてには色があり、当然のことながら空気にだってある。こればかりは現地にいかなければみることができない。みるというよりは体感するといい変えたほうがよいかもしれない」とも付け加えた。
 列車はそこで駅に停まった。赤い六角形をしたアトリエを構えている絶壁が島に対面している。風光明媚な場所だ。
 小説の冊子を読んでいた中佐が、「六角堂駅だ。駅停車時間は六十秒……」といった。しせんは本から動かさない。
 けっきょくのところ、僕は、カメラを使わず、列車が駅を出るまでの間に、4B鉛筆で窓外の風景を一気に描ききった。この駅で、急にたくさんの乗客が乗り込んできた。乗客といえば、猫、兎、芋虫、トランプの兵士たち、肥った女王までいる。瞬く間に満席だ。
 列車が動き出したとき、車輪のついた大きなトランクをひきずってこちらにくる童女が、たまたま席の横が空いている僕たちに、「座ってもいいですか?」と訊いた。拒否する理由などない。「いいよ」と答えた。十歳に満たない童女だ。トランクは彼女の背丈ほどもある。彼女はそいつを座席横の通路に立てかけた状態で座った。
 不思議の国のアリスが着ているような、古めかしい、欧風ご令嬢が着るような黒と白を基調にしたドレス姿をしている。髪には蝶のようなリボンを付けている。
「雫……」僕は、思わずつぶやいた。
 僕が声をあげると、童女が反すうして訊き返した。隣に座った彼女は、長い髪を腰まで伸ばしており、不思議そうに小首をかしげた。
「どうして、私の名前を知っているの?」
「あ、ごめん。他人の空似ってやつだよ」
 このとき、女性販売員が飲み物と茶請けを運んできたので、僕は、ごまかすように、ミルクとワッフルを注文し彼女に渡した。僕はミルクの代わりに珈琲を口にした。中佐はただの水を注文した。
 童女・雫の話しぶりに子供めいた感じはなかった。アバターを操るユーザーはきっと大人なのだろう。その人が訊いた。
「私のハンドルネームは雫。貴男がご存知の雫さん、私のアバターに似ていた? 知り合い?」
 僕は、現実(リア)の人なんだ……といいたいのを喉元で止めて、「最近音信不通になった友達だよ」と答えた
「好きな人?」
僕は少し間をおいてから、「うん、とても」と答えた。
向いの席に座った中佐は、僕を一瞥し、また開いた小説の冊子を読み始めた。
 長い髪の童女は、ピアノを弾くのが趣味で子供のころから習っているといった。トランプの女王から、城で催されるクリケット・パーティーに招待されているのだと答えた。雪花が舞うような冬の海。終着駅になったところは無人駅だ。そこのホームで雫や女王たちと別れた。雫は、何度も何度も振りかえって僕に手を振った。

 童女からロレンス中佐のほうをみやる。「えっ?」僕は思わずつぶやく。いつの間にか彼は、ウェットスーツに着替えていて、左腕にはサーフボードを構えているではないか。
 海岸線の砂浜は、白い雪ですっかり覆われ、海原は鉛色だ。ちょっと荒れていた。
「波と波の間隔にゆとりがある。風も東から吹いている。ナイスウェーブだ」
 いったい中佐は何をいっているのだ。ボードを抱えたかと思いきや、海中に突撃し、腹ばいになって、沖へと漕ぎ出してゆくではないか。パドリングだ。それから、ボードに伏してしばし波を観察する。いい波がきた。マッチョな中佐は、ふっ、と中腰ぎみに起き上がる。テイクオフだ。白い波しぶきがたつ。
 後方の波が盛り上がり、オーバーハングする。中佐は思いっきり上半身をひねって、後を振り返るようにしてから、今度は、身体を傾けた。ボードの後が沈み、先端が跳ねあがる。
 かかとに重心がかけられ、バックサイドターン。やがてジグザグに波を走向し、再び浜辺に戻ってきた。
「恋太郎君、面白いぞ、やって、みないか?」
 確かに面白そうだ。だが、時間厳守の博多マイコがデートをすっぽかし、代わりに、アラビアのロレンスが現れたのはどういうことなのだ。そっちのほうが気になる。
 中佐は、「ああ、例のことだな。では呼び出した理由をいうよ。気の利いたパブが、近くにある。そこで話そう」といった。シーサイドパブと看板に書かれていた。ジャズが流れる店内は青や赤のネオンがで彩られている。マスターがカウンターでグラスを拭いていた。
「職員が本名を名乗るのは規則違反なんだけどな。おまえだから、特別にいうよ。愛矢だ」
.
 ――え、愛矢か?
.
 あの幼馴染の愛矢だった。僕は、アバターに台詞を打ち込むことができなくなった。
スポンサーサイト

theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

line

comment

Secret

No title

1930年代と言えば、全体主義が世界を席巻するちょっと前ですね。

人々が刹那主義に生きていた。
そんな感じがします。

jizou様

> 1930年代と言えば、全体主義が世界を席巻するちょっと前ですね。 人々が刹那主義に生きていた。そんな感じがします。

そんな感じがしますね。ただ、ファショナブルなところがあり、時代が劇的にかわるときの束の間にあった休憩時間のようで、妙に魅了されるのですよ
line
line

line
Google ペイジランク
ページランク-ナビ
line
奄美剣星
line
文鳥貴族
文鳥貴族
line
最新記事
line
「怪盗めろん」

 

line
「文鳥王トリスタン」
 
line
ブクログ
line
小説家になろう
line
amazon書籍
line
アルパカ版の恋太郎です
line
映画『副王家の人々』より
副王家の一族 
line
イアリング
 ekubo
line
チャイナドレス
chainadoress
line
ポーズ
sofa
line
魯迅記念博物館
inu
line
陽だまりの乙女
usagi
line
裸婦
うつぶせのジャスミン
line
sakasu
line
打ち上げ花火をあげられる四季の風景時計
line
PC広告Amazon
line
テーブルと椅子
椅子3   
line
sub_line
プロフィール

奄美剣星 (狼皮のスイーツマン)

Author:奄美剣星 (狼皮のスイーツマン)
1930年前後の歴史推理小説 シナモンと素敵な旅をどうぞ

line
ranking 1
 
line
ranking 2
人気ブログランキングへ
line
置手紙
おきてがみ     
line
Twitter ぼたん
Sweetsman7をフォローしましょう
line
レッドバロン
line
検索フォーム
line
QRコード
QRコード
line
所収作品について
文献・画像等引用の場合は引用元を記載。自作小説倶楽部作品著作権は各著者に帰属。それ以外の文藝作品・絵画写真画像に関する諸権利は当該ブログ管理人に帰属。無断複写転載を禁じます。
line
カジュアルのシナモン
シナモンアップ 
line
リンク
line
マラッカ要塞
marakka
line
珈琲館の割れ甕
城南
line
地図
line
草原の乙女
sougenn
line
バー
eruhurio  
line
海へ行こう
umiheyuku2
line
祖母
  umiheyuku 1
line
洗い髪
araigami
line
癒しの音楽
line
sub_line