伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第2章10/ファア王国志・嵐公編 『風』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

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第2章10/ファア王国志・嵐公編 『風』




 十万のジーン軍は楕円形になって、ファアの大元帥麾下一万の軍勢を包囲した。この時代にあって、その数を集められるのはジーンだけだ。そして手足のごとく、この大軍を意のままに操れる者は、
大陸カアラにおいて、ただ一人しかいなかった。ネジェラの武官侍従ハーンだけだ。

 ジーンの主力部隊である中軍。その後方に陣取っているのが
覇者バッダラネジェラ大公である。包囲された敵を睥睨した口髭の若い大公がいった。

「ハーン、美しき采配、見事である」

主公わがきみ、敵は少なくみえ、包囲陣を敷いた我らが圧倒的有利にもみえます。しかし、これでやっと、互角になったのです」

 指揮戦車の馬匹四頭を操る将校が振り返った。大公は表情を崩さない。だが横にいる謀将が険しい顔をしていたのを目にした。

    ☆

 ファア王国ユンリイ朝において、内政・外交で辣腕をふるった重臣にサートンという人物がいる。かの大王が崩御した後に宰相となり、老いて同職を退いてからは太史公の閑職を賜り、『ファア王国志』を編纂した。大王は王太子時代に王叔ジェンセヤに養育されていた。ジェンセヤを知る者に、「
嵐公ゾバァアは、いかな兵学を学んだのか?」と訊くと、こんな答えが返ってきた。「あの方は兵学というものに、特に関心を持ってはいらっしゃらなかった。注意を払っていたのは戦場での『風』のみだった」のだと。

 
紫荊城エルタソラからついてきた麾下の将兵一万は精鋭であった。しかしいかに屈強な兵士といえども四方を包囲されたとき、心揺らぐものである。兵士たちは、そわそわと、隊伍の横にいる戦友の顔をみて不安を拭おうとするのだが、皆、汗を吹いて、却って焦りを募らすばかりである。このとき大元帥アル・マリシャルは指揮戦象の上に立ち、全軍に響き渡る声で告げた。

 ――我々は包囲され退路すらも断たれたかのようにみえる。しかし目前をみよ。あれほどに重厚であったジーン中軍と対峙し、その奥にいる、大公の旗指物がみえるではないか。天啓である。大公を潰すのだ。寡人が風穴を開ける。続け、道はそこにできる。

 
小酒仙シェレバ・ソピアに肩を抱かれマルク王象アルシーダに乗っていたユンリイは、輿の上に立ち上がっている叔父の演説を訊いて無茶苦茶な論理だと思った。しかしジェンセヤの言葉には説得力があるように訊こえた。不思議な事である。兵士たちは奇声をあげて、駆けだした指揮戦象の後についてくる。ファア王国紫荊城エルタソラ軍は、二十頭の戦象と八十乗の戦車、そして徒士一万が、ちょうど釣鐘にも似た密集隊形をとって、ジーンの軍勢の中央突破を断行した。絶望的な恐怖が、蛮勇に変った瞬間である。

 中軍は横列にした隊伍を三重に配置していた。第一列めが食い破られた。

 戦象は進むべき道を知っている。ジェンセヤは、輿に座って、甥・ユンリイにいった。

「人を率いるとき、将領がいる場所は三つある。一つめは、君主のように、戦場の外にあって麾下の属将を前線で走らせる場合。二つめは大軍中央もしくは後方にあって全体を督戦する場合。そして三つめは最前列を駆けて風を読む場合だ。寡人は三つ目の最前列にいるのが好きだ」

 「なるほど」とこの時点で少年は考えた。しかし長じて即位した後のユンリイは、(これでは麾下の将領が武功をあげる機会を失わせてしまう。総じて、国家としては、強くはならない)と叔父に対し批判的に考えるようになった。超人ジェンセヤと同じ資質を持つといわれるユンリイ大王が、超戦士ではなく
覇王モリキャザーンと呼ばれる由縁はそこだ。大王はまず前衛に麾下の将領を配置して武功をたてさせ、危機に陥ったときだけ、後詰として自ら突撃したものである。兵制も敵であるハーン将軍の陣形から学んだものだった。ファア王国が全盛期を迎えるしばらく後の話だ。

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