伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第2章02/ファア王国志 『ジーンの南征』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第2章02/ファア王国志 『ジーンの南征』


 ナハラ川の色は褐色をなしている。対岸ははるか遠くで、沿岸に茂る森が緑色の地平線をなしていた。川原は掘り込まれて人工の入り江をなし、大型軍艦三隻が停泊している。紫荊エルタソラ城市に隣接した同名の港はそういう構造をしていた。
 軍港の横には、一般の人員物資を扱った港があり、王弟とその婚約者、それから甥である王太子の三人が、半身まで水に浸かって白い巨象の身体を洗っていた。
「叔父上、ジーンは間違いなくここにくるだろうと、城の者たちがいっています」
「そうだろうなあ」ジェンセヤは、藁を持った手を忙しく動かしながら甥にいった。
「敵が攻めてくるとすれば、叔父上を舐めてかかっているか、力量を計りたいからだと思います」
 そこで、ようやく、ジェンセヤは手を止めた。
「ユンリイ。おまえは賢い。だがそれは生命を削ることになる」
「え?」
 頭上を旋回していた
機械蜻蛉きかいとんぼの目が光り、口から光線を発した。川中にいた漁船が真っ二つに割れて水しぶきを上げている。耳の尖ったガゼム族、いまは最後の一人となった世界でもっとも高貴な女性がジェンセヤの婚約者だ。失われし帝国フォコダ皇統直系・純血(ピア)ガゼム、彼女が天使マラーキと名付けた機械蜻蛉きかいとんぼが、何事もなかったかのように、(マルク)王象(アルシーダ)のいる周辺をまた旋回したのだった。
「刺客か――」
「放ったのは誰です?」王太子が食いつくようにその人に訊いた。
 
嵐公(ゾヴァア)と呼ばれた男は、苦笑してから、また藁で象の身体を洗い始めた。
(叔父上は、はためからみると隙だらけで呑気にみえる。だが違う。すべてがみえてしまうんだ。刺客を放った黒幕さえも――。ジーンの手の者じゃない。恐らくは身内、ファアの王家に近い者の仕業だ)
 後ろにいた
小酒仙(シェレバ・ソピア)が、ジェンセヤの甥の背を抱いた。ユンリイは叔父の婚約者が好きだった。初恋の人といってもいい。才色兼備という言葉は恐らく、この人のためにあるのだろう。父母のもとから少年は、その人の胸に抱かれたとき、孤独というものを忘れることができたのである。彼女からは国王に相応しい宮廷作法を学んだ。後に即位する彼は、宰相一門をはばかって暗愚を装い、何年も作法を無視する行いをするのではあるが……。
     ☆
 
大陸カアラ南部のファア王国による紫荊エルタソラへの急速な軍備拡張に対して、大陸カアラの中央から北部を支配する覇者バッタラジーン侯国は危惧した。第一次ティア戦争敗戦後、中原ヨシンヌへの野望を放棄したかのように雌伏し、本国防衛に専守していたのがここにきて活発化しているように映ったのだ。
.
 ――ここいらで、やらねばならぬか。
.
 ジーン侯国のネェジェラ大公は、ハーンの報告を受けて、口髭をなでた。早速、戦車五百乗兵員五万の軍勢が、
中原ヨシンヌ南部の小国クオンに集結するように取り計らわれたのである。軍団は、中央・左・右・前・後の五軍で構成させる。紫荊城エルタソラから十里《四キロ》離れたところに陣城を築き、長期戦を敷こうとしたのである。
 ハーンは、大公の参軍になっていた。将領の実力はあったのだが、
大貴族(タンマビル)族が要職を占めていたため、中級貴族フェアレサとしては最も高位であるその座にとどまっていた。だが逆にいうと、五軍の全権を握る大公の側近であるということは、間接的ながら、全軍を指揮することが可能な立場にいることでもある。
 御者であり僚友であるクイントスがハーンにいった。
「大公は、本気で
紫荊エルタソラをとるのか?」
「牽制だ。ファアを抑えるというよりも、盟約を結ぶ
中原ヨシンヌ諸侯が浮足立つのを防ぐのが目的なんだ」
 戦車というのは二頭だて、または四頭だての馬車で将校三人を乗せ、
徒士かち百人を指揮する。その中には革車かくしゃというのも含まれ、これは牛車で、もっぱら食糧を運搬する。行軍は革車の速度にあわせたもので、一日三十里(十二キロ)を目安とする。ジーン本国から、紫荊城エルタソラに大軍を率いてゆくには数か月を要する。
 御者クイントスは、辺境貴族家臣から近衛軍将校に出世し、家族を都城に呼び寄せた。子供は大きくなって、
侯立学校ハジドに通わせている。妻と息子が手を振っているので、振りむいて手を振った。
 ハーンには婚約者がいた。ジーンに内乱があったとき、ネェジェラ大公即位に功のあったハーンは、恋仲にあった公女アズキャラズとの婚約を承認されたのだが、まだ結婚できないでいる。「大臣・将領にならねば……」若い武官侍従長としては、ここであと一つ武勲を上げ、長らく待たせている彼女と一つ屋根の下で暮らしたいと願うところであった。ジーンの都城コウの城門を出撃したとき、城壁から見送る貴人の中に彼の人をみつけ、青年将校は手を振った。
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