伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 恋太郎白書 第5話「魔女がいた化学室」
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

恋太郎白書 第5話「魔女がいた化学室」

  むかし恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は若者を指差して恋太郎とよんだ。花や紅葉が、はらはら、と宙に漂うかのような若者だった。
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 魔女に出会った人は幸いである。なぜなら、あの美しい〝塩〟の結晶を目撃することが出来たのだから。〝塩〟は、オレンジのような香りを放ち、恋太郎を酔わせた。高校一年の冬だった。

  ※  ※  ※

 どこの学校にもあるように、恋太郎が在籍した高校にも化学室があった。
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 フラスコがあり、ビーカーがあり、試験管やアルコールランプを置いたテーブル、そして試薬を収めた棚が置かれている。違いといえば、ただ一つだけあった。
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 その化学室には魔女の血を引く教師がいた。名前は麻胡(まこ)。祖父の代に、戦前に台湾からやってきてそのまま日本に帰化した。先祖には葛洪(かっこう)という仙人、麻胡という女仙(にょせん)がいて、生家の男女は何代かおきに襲名するのだそうだ。
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 麻胡──なんて神秘的な響きなのだろう。「麻」の下に秘術を意味する「鬼」をつければ「魔」となり、「胡」は西をさすから、「西からきた魔女」だ。麻胡のローマ字表記〝Maco〟は〝Mago〟とも書け、魔法を表す〝Magic〟という英語にさえ似ているのは偶然だろうか。
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 実際、化学というのは魔法使いや魔女たちによって培われてきたものだ。中国での火薬。ドイツ・マイセン窯での磁器。化学を古風にいえば〝仙丹術〟とか〝錬金術〟となる。
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 長く艶やかな黒髪、華奢な体躯、細くしなやかな四肢。バイオリニストが奏でるかのように、なめらかな動きをした指が、黒板に、異国の文字を、規則的に書いていく。
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 福音を唱えるかのような法則的な声は、ライン川の魔女ローレライが、転覆させる瞬間のようだった。操舵を忘れた水夫のように、男子生徒は、講義をまともに聴かず、講義の間ずっと、惚けた顔をしていた。
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 ──化学における〝塩〟〝Salt〟とは何か。
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 酸由来のアニオンと塩基由来のカチオンがイオン結合した化合物。酸と塩基成分の由来によって、無機塩、有機塩とも呼ばれる。
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 では塩基とは何か。酸と中和反応して〝塩〟を生成する物質グループのことだ。
 女子はノートをとり続け、男子はただ惚けていた。恋太郎は恋太郎なりに考えた……つもりだった。
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 ──麻胡先生のいう、〝塩〟と、トマトサラダに振りかける食塩との比較。
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 酸味の利いたトマト、これに塩を振りかける。美味しく食べられる。美味しく食べられる状態が中和反応で、塩化ナトリュウム〝食塩〟になった状態。化学肥料をやったのが無機塩、堆肥をやったのが有機塩だ。
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 恋太郎が勝手な解釈をしていると、心に直接語りかけてくる存在を感じた。
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  ※  ※  ※
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 ──あら、こういう解釈もあるわよ。
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 麻胡先生の声。いや、目線というべきか。その人は、テーブルの間にある通路をすり抜けて、教壇から恋太郎の後に行き、恋太郎の肩を叩いた。
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 ──私が酸、あなたが塩基。そしてこれが中和反応。
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 少年の唇に、その人が唇をそっと重ねた。オレンジのような香り。
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  ※  ※  ※
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 突然、麻胡先生がテーブルを叩いて大声をはりあげた。
「こらあっ、男子ども。何を妄想してた?」
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 惚けていたのは恋太郎ばかりではなかったようだ。化学室にいた男子生徒全員が、冷水をかぶせられたかのような顔になった。

 ──や、やばい。心を読まれた。麻胡先生は魔女だった!
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 翌年の春、麻胡先生は修士(マスター)の資格をとるため大学に戻ることになった。
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 〝お別れ会〟で体育館に集められた生徒、特に男子生徒の大半が、壇上にいた麻胡先生をみつめて一斉に、「嘘だ!」という声をあげた。
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  ※  ※  ※
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 十年後。
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 ──女の子にプレゼントを贈るなら、同じ年頃の店員に選ばせることだ。
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 そんなふうに会社の先輩がいうので、想いを寄せる娘に香水を贈ろうと、三越百貨店にやってきた恋太郎は、化粧品売り場を散策していて懐かしい匂いを感じた。
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 甘酸っぱい匂い。店員は麻胡先生に似てなくもない。
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 ──香水は、花のエッセンスでつくります。オレンジではありません。
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 笑顔まであの人に似ている。
 恋太郎は香水の名前を忘れてしまったのだけれども、香りだけは、いまも、記憶しているのだった。

 

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  ※  ※  ※

せ、先輩、ルパンだあ~っ!

 

 

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comment

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こんばんわ。

こんばんわ。
今日は少し暖かだったようです。

リアルさとファンタジーが混じったいいシリーズだと思います。
麻胡先生、名前と言い、書いてあります雰囲気、本当に魅力的ですね。
私も授業は頭に入らないと思います(^_^;)
実在されたのでしょう。
ほんとに化学は魔術のおかげですね。
何が幸いするかわからないのですね。

スイーツマンさんいつも読んでいただきコメント大変ありがとうございます。

Re: こんばんわ。

中国の伝説に麻胡という女仙がいます。台湾という地名がでたのは、今も生きていらっしゃる
故郷の名医が地元の人に請われて台湾帰国を断念し、そこで開業したことが土台となっています。
麻胡先生は、高校時代の臨時教員になった若く美しい女性がモデル。直接授業は受けていませんけれど、お別れ会会場では、ほんとに、「嘘だ!」という声があがりました。
欧州には魔法使いと魔女の組合があるのだそうです。現代の魔法使いが化学をするか否かは不明ですけれど。

こちらこそ読んでいただきありがとうございます。





おもしろかったですよ!

魔女と香りと化学室と・・

何か謎めいた感じですてきですね!

こんな物語、好きです(*^_^*)

学生の時の郷愁が、戻ってきそうです!

Re: おもしろかったですよ!

くろこ姫様

郷愁とムードを楽しんでくださいまして
ありがとうございます
今後とも宜しくお願いいたします

魔女ッ子です♪

錬金術から考えると、魔女には化学室が一番お似合いなのかもしれませんね。
十年後、冬のソナタみたいで格好いいです。さらにその三年後は、あるのでしょうか。。。^^

Re: 魔女ッ子です♪

Mikomai様

魔女との再会はまだ考えていません。
 多くの出会いと別れを繰り返す物語というのもいいかなあ、と考えてます。

 理系でしたよね。紀州といえば、修験道の総本山のような所。
 も、もしかしてあなた様は……。
 
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