伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第4章02/猫探偵アンジー 『猫語』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第4章02/猫探偵アンジー 『猫語』

※link 軍用犬


第3章02/猫探偵アンジー 『猫語』

 表情の少ない強面の執事の腕は、細いのではあるが、か細いというのではない。無駄をそぎ落とし、必要最小限だけをつけたものだった。白い手袋をはめている。東屋にだした抹茶の碗を下げにくると、右手でノートパソコンを開き、水穂と葵の二人にみせた。

 モニターに移されたのは動画で、テロリストに対する訓練風景だった。トラックの助手席から敵が自動小銃を乱射している。兵士が手振りをすると大型犬・グレートデンが、体高を低くして間合いを詰め、至近距離になると猛スピードで突進し、車内に乗り込み、ギプスを嵌めた敵の腕に噛みついた。

「水穂さんといいましたね? で、どこまでつかんだのです?」

「えっ、なんでそこで話が……」

「いろいろと嗅ぎまわっていらっしゃったご様子」もったいぶった笑みを浮かべ、折り畳み式携帯電話の蓋を開き、

「ゲージはリモコンで開くようになっているのですよ」と続けた。そのときに使ったのも右手だった。

 執事の言葉の意味を、水穂の横に座っていた葵が完全に理解することはできなかった。だが、ただならぬ空気というものを感じることはできた。

 離れた所にいるグレートデンは、後脚で立ちすると大人の背丈ほどになる。それが檻に前脚を手にかけた。訓練をしたためか、あるいは声帯を切除したのか吠えはしない。上半身を起こしてはいるが、暴れているのではなく、執事の指示を待っているという感じだった。

水穂はどういうわけだか、先ほど、吉沢ペットクリニックで、幼馴染の若い獣医とした会話を思い出した。



 長い髪をした耳の尖った婦警が、幼馴染の経営するペットクリニックを訪れたのは、傍目が訊けばよもやま話である。だが水穂のまなざしは真剣そのものである彼女の問いに眼鏡の獣医が答えた。

「さまざまな生物が何かしらのコミュニケーションをもっている。言語を有する生物といったら、人間のほかには、鯨の仲間、鳥類ではフィンチ類の十姉妹なんかがいる。これらの生き物には脳のある位置に言語を話す種族特有の管があるんだ。人間がこれを獲得したのもそんなに古いものじゃないようで、現世人類の直前のネアンデルタール人あたりが、獲得したかどうか、っていわれているくらいなんだ」

「オウムとか九官鳥は?」

「知能が高いね。人の言葉を真似る。けど、単語を理解しているというわけじゃない。鳴き方を真似ている、というふうに考えると判りやすい」

「犬や馬や象は人間の単語を、十数語から五・六十語、理解しているって訊いたことがあるわ。猫はどう?」

「いくつかはあるかもしれない。しかしまあ、数語というところだろうね。もちろん、猫語なんて存在しない。彼らのコミュニケーションはシンプルだ。怒りや注意をひきつける鳴き方、あまえたり、そっぽをむいたりするそぶり。その程度かな。言語のような複雑さはないんだ」

 診察室に顔をだした看護師の女性が獣医にいった。

「先生、診察ですよ」

 セレブマダム軍団がやってきた。暇と財産をもてあました彼女たちは、話のネタをもとめて、町の隅々を渡り歩く。カフェ、レストラン、そして吉沢ペットクリニックも止まり木の一つだった。

「あら、水穂ちゃん。またきてたの? はやく、やっちゃいなさいよ……」

「やっちゃう? なにを?」

「それを私たちにいわせる。野暮な子ね。おほほほ」

 顔を赤くこそはしなかったが、あまり気持ちのいいものではない。若い獣医も看護師も苦笑していた。

「仕事の途中ですので……」動物病院を飛び出した水穂は駐車場に停めたミニパトに飛び乗」った。



 私、こんなときに何を思い出しているんだ。そう、水穂は考えた。

 執事は、携帯をもつ手を替え、端末を一つ左手で打ち込んだ。それから、何気なくまた、もとに携帯を戻して、右手で打ち込み始めた。決して早くはない。だが着実な操作である。携帯影響画面をみながら、数歩歩いたとき、東屋の床に敷き詰めた石畳の僅かな繋ぎ目のところに、つま先をぶつけて、つんのめった格好になる。執事は右手を床に着ける。

 水穂はそこに蹴りを加えた。スカートの中がみえているはずだ。そんなことは、この際、どうでもいい。細くしまった脚が、宙に放物線を描き、執事は腹に一撃をくらって突っ伏す。だが携帯電話は離していない。また持ち替えて、最後のボタンを右手で押した。


 ――執事は左利きだ。なんで右利きを装うの?


 ゲージが開いた。中の犬がそれに気づいた。
 水穂は、葵の手をとって、勢いよく駆けだした。

 (つづく)

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