伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第1章06/猫探偵アンジー 『風間淳の死因』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

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第1章06/猫探偵アンジー 『風間淳の死因』



 壊れたテレビモニターのようにノイズが視界に走ってだんだんみえなくなり、身体が冷え、指先の感覚もなくなってゆく。出血による症状だ。この感覚を前に味わったことがある。(どこだろう? そうだ。嵐の晩だった――)

 風間淳は、その日、恋人・渡辺葵を自家用車に乗せて、演劇を観にでかけていた。観客席にたまたま、久しぶりに再会した葵の友人がいて、そこへ泊ることになった。淳は二人を家に送り、そのまま、葵と暮らしているベランダ洋式の屋敷に、一人で戻った。車をガレージに停車して降りたところを誘拐されたのである。

「家の中の金庫は?」

「みつからなかった。外部金庫があるのかもしれない」

家の中から男たちがでてきて、淳を捕えて、車に乗り込み、拳銃をこめかみにあてた。

「なんだ、ここん家の娘は乗ってなかったのか? 仕方ない。こいつを締め上げれば、隠し場所が判るだろう」

 雨が降っていた。犯人たちの車。乗っ取られた淳の車は、繁華街のシャッター商店街の裏路地を抜けて、港の使われなくなった古い煉瓦倉庫にむかった。

「渡辺家には、とんでもない、お宝があったはずだ。どこにあるか知ってるだろう?」

「なんのことだ?」

 男たちは焼箸を淳の腹にあてがったり、ペンチで爪を剥がしたりしたのだが、知る由もないことだ。一晩にわたって、殴る蹴るといった拷問が加わり、内臓複数個所を損傷した。薄れゆく意識のなかで犯人たちのやりとりが訊こえてくる。

「ほんとに何にも知らねえみてえだな。渡辺社長夫妻も口を割らなかった。よっぽど、すげえお宝なんだろうな。ならば、娘をいたぶるか。ふふふ、楽しみだ」

「この、あんちゃんは?」

「隅田川にでも捨ててしまえ……」

 そして、なにも訊こえなくなった。

     ☆

 目が覚めると、透明プラスチックの囲いの中にいた。身動きはとれず、点滴がされていた。

「アンジー君だっけ? タフな猫ちゃんだねえ。ふつう、死んでいるよ」


 動物病院のようだ。周囲には預かっている犬猫や鳥なんかがゲージに収まっている。素っ頓狂な声をあげたのは獣医だった。細面の、背の高い、丸眼鏡をつけた白衣姿の若者だった。


「ありがとう、涼ちゃん、恩にきるわ」獣医に水穂婦警が手をあわせた。

 涼ちゃんと呼ばれた獣医が続けた。

「人間の家来だと思い込んでいる犬ならともかく、ふつう、猫ってさあ、友達か、親、下手すりゃ下駄箱とかタンスみたいに思っているだろ。外敵と戦うのは雄と雌で意味が変わってくる。雄の場合は縄張りを荒す同じ猫の雄だ。雌の場合は幼い我が子を守るためだ。猫が飼い主を守る? あり得ない」

「もしかして、アンジーちゃん、葵さんのお母さんだと思い込んでいるのかも……」

 樋口水穂は女としては長身の、手足がすらりと伸びた婦警である。切れ長の目で長い髪を背中まで伸ばしている。顎と耳が少し尖った感じだ。トールキンズの『指輪物語』にでてくる森の種族エルフを思わせるような容姿の持ち主だった。

 腕組みをした獣医は、幼馴染の言葉に、「うんうん、あり得る」と真面目顔でうなづいた。

 耳の大きな豹柄の毛並をした猫・エジプシャンマウにすれば、(よくいうぜ、勝手なことを――)である。


 鼻と顎に定規をあてると唇がつかない。ぱっちりと、大きな目をした娘・葵が深々と二人にむかってお辞儀した。水穂婦警は、ブラウスとジーンズの葵に付き添ってそこにやってきたのだ。獣医は、水穂の幼馴染の吉沢涼という青年で、同じく二十六歳である。

 水穂は、アンジーの腹に刺さったナイフを抜かずに、パトカーで獣医師で涼の動物病院に連れてゆき、手術してもらったのだ。即座の判断である。あと十分、処置が遅れていたら耳の大きな豹柄の毛並みをした猫は、ただの遺骸になっていたところである。アンジーにとって水穂は、嵐の晩に温めてくれた葵に次いで、二番目の生命の恩人となった。

 連続強姦・強盗傷害事件を起こしていた犯人は、取り調べを受け、「葵に誘われて訪ねた」と供述した。だが、隣家の令嬢・高天原ミカが、「ゲートを乗り越えて侵入した男をみた」と証言している。また、家宅侵入して暴れているところを、警官隊が現行犯逮捕したのだから実刑は免れないだろう。水穂は、葵にそのことを伝えた。さらに、「今後は下着類をベランダに干さないこと。できればホームセキュリティーを設置するように」と注意と助言をした。

 ホームセキュリティーは案外と安価で月額五千円くらいで済む。そのくらいなら、両親が残してくれた遺産のうち、有価証券の利息からまかなうことができる。

 婦人警官の話を訊いている葵はまだ動揺している。自分は不用心すぎた。そのことが家族となっているアンジーの生命まで脅かしたのが堪えたのだ。

 アンジーは心優しい人々をみやると、ふたたび目を閉じ、眠りに落ちてゆく。その間に考えた。



 ――葵を襲おうとした犯人は、ただの変質者じゃない。俺を殺した奴らの仲間だ。ここまでして狙ってくる渡辺家の「お宝」ってなんだ?



(つづく)
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