伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第4章03/探偵キーマン『心肺停止』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第4章03/探偵キーマン『心肺停止』


 ――罠《トラップ》を仕掛けたのか!

.

 狙撃手が、標的だと思い込んでいた青年の意図に気付いたときは遅かった。彼は引き金を引いてしまっていた。

 銃器が弾丸を撃ちだすシステムは、火薬爆発で生じた高圧ガスで押しだすものだ。銃口をなにかで塞ぐと、弾丸がそれに引っかかる。高圧ガスは抜け道をなくして、後方に噴射され、銃身や本体が破裂する。それが暴発だ。冬場にハンターが猟銃銃口に雪を詰まらせたときに事故を起こすというのは代表的な事例だ。

 日本刀の鞘には小さなナイフがセットになっているものがある。小柄《こづか》だ。古式の剣術には、それを敵に投げる技がある。達郎は剣道五段で、オプション的に習得しており、銃口に放り込んだわけだ。人が投げるわけだから有効射程距離は銃器よりも短い。せいぜい四、五メートルというところだろう。  

 背の高い青年が、蔵に逃げ込んだのは、敵が至近距離に立って銃口をこちらにむけたところで、万年筆を放り込むためだった。
 引き金が引かれた狙撃銃は暴発した。手榴弾を手に持ったまま爆発させたようなもので、銃は機関部が破損し、飛び散った各パーツ破片が、暗殺者自身の顔面を直撃した。男は、吹っ飛ばされるように、仰向けに倒れた。ただではすまない。かなりの重体か、あるいは即死したに違いない。

 けれども、機密性の高い蔵のような室内で発砲すると、予想外のことが起こる。銃口で爆発の衝撃で飛んだ破片は、少量ではあったが、壁で跳ね返ったりして、達郎の側にも飛んできたのだ。咄嗟に顔面を腕で覆った。その代わり、破片のいくつかは腕のほかに腹や太腿にも食い込んだ。

 達郎はよろめきながら、入口で倒れている男をまたいで、蔵をでた。庭に楠の古樹が植えてあり、そこに寄りかかって座り、シャツを破って、太腿や腕をきつくしばって止血する。携帯電話が鳴った。

「誰だ、こんなときに。救急車を呼べないじゃないか……」

 携帯の蓋を開く。

(奄美だよ。心配になって電話したんだ)

「刺客がいました。なんとか振り切りましたけど、深手を負っています」

(実家にいるんだね?)

「そうです」

 視界が、古いテレビのモニターをみているようにみえる。ザーザーと、ひどいノイズがはいったような画像。貧血を起こしているのだ。出血が酷いようだ。(けっこうやばい)長身の青年は携帯を落とし、がっくり、とうなだれる。

(祁門君、しっかりしろ。おい、訊こえるか?)

「……」
 回線が途切れた。
     ☆

 その日、奄美は休みをとっていた。自宅から外に飛びだして、柏の護衛のために銀色のゼロクラウンである覆面パトカーで張っている谷津刑事のところに走った。

「――楢葉町かよ。原発事故のせいでゴーストタウンだ。近くじゃ手術できるような病院もない。だいたい、救急車をどこから呼ぶんだ」

 このとき運転席にいた同行の若い刑事・習志野がいった。

「大熊町の福島第一原発。あそこじゃ、事故の後、いまだに、炉心冷却作業をしていますよね。不測の事態に備えて、作業員のために救急車両が常備しているんじゃないんですか? あるいはドクターヘリと連携しているかもしれない」

 祁門にとって、奄美から電話がかかってきたことは幸運だった。口髭を生やした同僚は彼の実家の住所を知っていた。話を訊いた刑事は、無線で適切な機関に直接電話をかけた。直ちにドクターヘリが急行し、原発事故後も公立病院が機能している、楢葉町の南方にあるいわき市にむかうことになった。

 柏は、預けられた奄美家の娘・紗理奈と二人並んでリビングのソファアに座ってDVDを観ていたいた。海賊物のアニメである。中学の同級生でもある紗理奈が訊いた。
「ねえ、柏ちゃん。祁門さんと結婚するの?」
「えっ?」アーモンド形のアイランが、まんまるになって、顔が真っ赤になる。
(探りをいれただけなのに、なんて判りやすい子なの――)紗理奈はそれ以上の突っ込みを入れずに、次のポテトチップスを口に運んだ。
 
 そこに、奄美が飛び込んできて、達郎が重体になっていることを柏に伝えた。
「パパ様が?」少女が言葉を失った。
 奄美は、柏に、達郎が搬送される病院に行く準備をさせ、自家用車のエンジンをかけた。このとき、外にいた谷津刑事たちが、覆面パトカーを玄関先まで移動させてきた。

「乗ってください。お送りしますよ。こっちのほうがはるかに早く着くはずだ」

 奄美は刑事たちの好意に甘えて、祁門達郎の被保護者である少女を伴い、後部座席に座った。奄美の妻と娘は玄関先で見送った。銀色のゼロクラウンは、奄美家がみえなくなると、サイレンを鳴らした。

「白状しますけどね。僕は、アラブ貴族が持ってるスーパーカー並みの高速性能の、こいつに乗りたくって警官になったんですよ」ハンドルを握る若い習志野が白い歯をみせた。

「不謹慎だぞ」助手席の谷津がにらみつけた。

      ☆

 達郎が運ばれた集中治療室に近い長椅子に、家族である柏、会社同僚の奄美、それから柏の護衛である刑事二人が座った。

 習志野刑事がいった。

「暗殺者は病院に運び込まれる前に死んだみたいですね。自業自得だ。それにしても祁門達郎って人は何者なんだろ。三度も柏ちゃんの危機を救い。狙撃銃《スナイパー・ライフル》を持ったヒットマンをやっつけちまうなんて……」

 その点に関しては奄美がいった。

「祁門君には霊視能力があるとのことです。もっとも科学性を主張するこの学界ですから、表沙汰にはしませんけどね。それに学生時代、彼は、『背中に憑依霊がいるから気をつけろ」と彼女にいって、逆に気味悪がられ、フラれたことがあるんですよ」

 谷津と習志野が、「あっ、それはトラウマになりうるな」と軽く笑った。
 アーモンド形のアイラインをした少女が二人を睨む。一同が首をすくめるのを確認した柏は、両手の指を組んで祈るように目をつぶった。

.

 ――パパ様。私、貴男に甘えていた。ごめんね。

.

 集中治療室から医師・看護師たちがでてきて、「心電図が脈拍停止を示しました。電気ショック等を試みたのですが、出血が酷過ぎて……」と首を横に振った。



(つづく)
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