伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第2章03/探偵キーマン 『ヤマザキ』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第2章03/探偵キーマン 『ヤマザキ』


 大学非常勤講師の研究室だ。時計が夕方五時を回るころ、アパート部屋の同居人で、二十近くも年の差のある従妹から電話があった。

「ああ、達ちゃん? パパ様? これからね、紗理奈ちゃん家に寄ってから帰る。だからお迎えはいいよ」

「おいおい、こないだ、悪人に追いかけられたのを忘れたのかよ」

「そんなに、しょっちゅう私が追いかけられたら、法治国家日本の威信丸潰れでしょ」

 柏が、一方的に用件を伝えると電話が切れた。

 達郎と柏の二人で構成される祁門家は、富里市のおんぼろアパートにある。そこから四〇九号線を北上して成田市にむかう途中、東関東自動車道富里インターチエンジ前を通り、東西を横切る五一号線に合流する。だいたい京成線公津の杜駅に近い日赤病院前あたりだ。

 考古堂ただ一人の正社員・奄美の家に近い高速道入り口には、近年、ショッピングモールができた。こういうのができると一般道はまたやたらに混雑する。迷惑な話だ。
 千葉県全体にいえることだが、鉄道網が発達しているわりには、道路が旧態然としていて交通渋滞がなかなか解消されない。

 達郎が非常勤講師をしている成田市の大学は、中学校・高校が併設され、学園をなしていた。四〇九号線が国道五一号線と合流するあたりにあり、嘱託をしている有限会社考古堂は、五一号線を東にむかい成田の旧市街に入ったところにある。受け持ちの授業のときは職員用駐車場に車を停め、考古堂の嘱託をしているときは、被保護者の女子中学生をそこで降ろして、成田市街地にある社屋にむかうのだ。

 講義が終わり、次回講義内容をノートパソコンに打ち込んでいるとき、ふっ、と人気を感じた。横をみると、その年の初めに飛行機事故で亡くなった柏の両親がいた。カジュアルな服装をした中年の男女で、何事かを訴えるような目で訴えると消えた。一瞬のことだ。

.

 ――柏《かしわ》!

.

 悪い予感がする。こういうときは決まって、彼女に危険が迫っていることを知らせているのだ。

 祁門達郎と柏は先週週末に奄美家の夕食に招待され、家族と親しくなった。彼女が寄り道するインターチェンジ付近にある友人・紗理奈の家は学校から歩いて行けるほどの距離だ。

     ☆

 ホームセンター、家電、スーパーが並んだショッピングモールがある手前の、奄美家に最も近いコンビニを通り過ぎたあたりだ。歩道を女子中学生二人が並んで歩いていると、銀色のセダンが横付けし、助手席の窓が空き、若い男が道路地図をだした。

「あのお、道を訊きたいんだけど……」

 二人は地図に気をとられた。それが隙である。勢い後部席のドアが開いて、柏の腕をつかむように、中に放り込んだ。紗理奈には目もくれない。はじめから、達郎の従妹を狙っていたような、速い動きだ。防犯ベルを鳴らしたが、道路に落ちて虚しく鳴るだけだった。

 だが、犯人たちには誤算があった。紗理奈は車種を知っていた。奄美家のものと同型のものだったのだ。ナンバーまで記憶し、携帯で父親に報告した。

     ☆

 仕事は中断して職員用駐車場にむかい車に乗り込んだ。奄美家方向にむかう学校前の四〇九号線は工事渋滞になっている。道路拡幅のため電柱の移設をしているのだ。

 柏は携帯電話を持っていない。代わりに奄美から電話がかかってきた。

「紗理奈の携帯から電話があった。見知らぬ男二人が乗ったに柏ちゃんが連れ込まれた。銀色のトヨタブレイド、セダン車で、ナンバープレイトは千葉50‐6666。警察には連絡しておいた」

 柏を誘拐した犯人たちはどこにむかうか。あたりは渋滞していて、一般道の混雑を抜けるころには、パトカーが中央車線を走って、捕まえてしまうことだろう。犯人もそこまで莫迦ではあるまい。付近にはインターチェンジがある。当然そこに逃げ込むはずだ。

 高速道路の料金ゲートには監視カメラがあり画像を録画されることだから、いずれ犯人は捕まる。問題は、その前に、被保護者である女子中学生の生命があるかどうかだ。

 千葉県の道路というのは、幹線道路を一歩踏み外すと、袋小路に行って立ち往生することがある。だが国道や県道を造るとき、決まって、前身となる旧街道のようなものが併走していたりするものだ。そういう道は、カーナビでも克明には表示されず、生活道や農道になっていて、利用する地元の人しか判らないくらいに、知る人は限られている。達郎はそういう道を知っていた。犯人は、直線道路をのろのろ運転している。ここは賭けだ。大きく迂回することにはなるが、先に、料金ゲートに着かねばならない。

 クランクの多い住宅街の道は、人がいつ飛び出してくるかわからない。三十キロ前後でしか走れない。スーパー駐車場裏口から、道路をまたぎ、むかいの家電店、ホームセンターを抜け、パソコンショップ横の小路を抜けてゆく。国道はまだ渋滞している。並んだ自動車の合間を縫うように、そこを強引に突っ切って、料金所に回り込む。

.

 ――しめた。犯人の車の前にきた。

. 
 犯罪ボードゲームでは賽の目が悪くて犯人の駒に追いつけなかったが、実地での達郎は追いついた。こういうところは強運の持ち主だった。

 犯人たちの車のガラスは特殊で、外側からはみえないマジックミラーになっている。車種とナンバープレートは判っている。達郎の被保護者は中にいるのは間違いない。 

 ETC車両専用の入り口だったが、達郎の乗ったカローラⅡには、対応装置がない。当然、ゲートは開かない。係員が動き出す前に、車を降りた彼は、下手に謝る様子で背後にいる犯人の車に近寄った。

「すみません」

 窓ガラスが開く。「なにやってんだ。てめぇえ。急いでるんだ」

 達郎がその瞬間を見逃すはずがない。シートベルトを締めた運転者というのはロープで縛られているに等しい。そいつの横っ面に拳の一撃を食らわす。酩酊している間に、窓から手を突っ込んで、車の鍵を奪い、内ロックを開ける。泡を食った犯人一味が逃げだすのだが、それは追わない。

 後部座席には後ろ手に手錠をかけられた女子中学生がいた。口にガムテープを貼られている。達郎は男の首を締め上げた。

「ぐ、ぐるしい……」犯人が目を白黒させている。

「誰に頼まれた?」

「ネットの書きこみを閲覧していたら『計画』があった。冷やかし半分で連絡すると、ヤマザキだと名乗っていた。それ以上は判らない。口座を指定したら約束の三割の金が入っていた。残りの連中もそういう奴らだ」

「それで集団強姦の後、殺し、東京湾に遺体を沈めようとでもしたのか?」

「うっ……」首を絞められた男は、達郎の手を引っ掻き始めた。あと数秒で死ぬ、というところで、ようやく手を緩められ、咳き込んでいる。

 こいつは数分前まで仲間と柏を寄ってたかって凌辱し殺す気だった。立ち場が逆転するとおどおどして被害者面だ。達郎は本気で、犯人の喉を潰して、殺そうとさえ思ったのだが、過剰防衛とやらで、こちらが豚箱に放り込まれ、黒幕から被保護者を守ることができなくては元も子もない。

.

 ――ヤマザキ。偽名だろうが、黒幕は必ずいる。

.

 急いで駆け付けたのだろうが、パトカーの到着は、さらに十分あとのことだった。柏が襲われる事件は二回目だ。黒幕の存在をほのめかす実行犯の証言が今回もある。今度こそ警察もまともにむき合うだろう。達郎はそう思った。



(つづく)
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