伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 03/マルガリータの口紅 『港がみえるカフェテリア』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

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03/マルガリータの口紅 『港がみえるカフェテリア』

 詩人渡瀬は、この町の路面電車を何より愛した。とくに目的というものは持たずに街をぶらついた。マルガリータに出会ったのもそんな散策のときだった。波止場の人垣の中に彼女はいた。人目をひく。 鮨詰めの路面戦車。ブラウス姿のその娘が乗り込んでくると、自然、渡瀬に抱きつくような恰好になった。都市の空気にはそれぞれ色がある。大気中に漂う微細な粒子のせいだろう。おそらくは土からきているのだろう。港のある大河支流は褐色をしている。それを思いっきり淡くしたのが「魔都」の色だった。植民地様式であるくすんだ赤煉瓦の街並みが、車窓から後方に流れてゆくのが見える。
 カンカン帽に白いワンピースを着ていた。ワンピースは白地に紅い花柄だ。学生だという。遠隔地から学校の寄宿舎に来ているのだが、秋になったら卒業だ。故郷は辺鄙なところで、戻ったらまず間違いなく、遠縁の親戚に嫁ぐことになる。不細工な男で、芸術には縁がないのだけれども、茶畑の大農園主だ。茶は宗主国に運ばれて、紅茶テェイスターの舌先で試されブランド物の紅茶に化けて出荷されるのだ。
 渡瀬は白いシャツとズボンを着ていた。頭には深縁の白い帽子を被せている。偉丈夫というのは痩せすぎているのだが、身長は高いほう。丸い眼鏡をかけている。まだ若い。街には物語が落ちていた。
 たとえば裏路地に入ったとしよう。裏庭の付いた三階建て赤煉瓦の大きな教会があって、原住民の老婆が長椅子に腰かけて話し込んでいる。英語だが地元訛がひどくって訊きとれやしない。けれでも、彼には感覚があった。こんなふうに訊こえてくる。
「朝方、市場でみかけたよ。えらく買い込んだもんだねえ」
「外国貨物船で出かけていた孫が帰ってくるんだよ。今晩は御馳走にせんとね」
「お孫さん、帰ってくるときは、舶来の嫁さんを連れてくるかもよ」
「そりゃ困った。言葉が判らなかったらどうしよう」
 老婆二人が笑った。
 渡瀬の妄想癖を知ったマルガリータは初めとまどった。だがすぐ慣れて、妄想を共有するようになった。眼が大きくて褐色の髪をした優しい娘だ。詩人と卒業を間近に控えた女学生は、カフェテラスに入った。
 街ではアールヌーボーはあまり流行らなかった。そこを通り越して、新古典様式から一気にアールデコへと移行する。アールヌーボーは植物的な曲線を意識し意匠の中に古代エジプト起源とされる「S」字紋様を隠す。対して次代のアールデコは鉱物的な鋭角を意図し、青や赤のネオン光まで利用しているのが特徴だ。
 カフェオーレのような色をした壁で怪しくネオンが瞬いている喫茶店。窓枠の外にはボックス席のようなところ。向かい合うようにではなく、彼女は渡瀬の隣にちょこんと座った。
(人懐っこい娘だなあ)
 初めてのデートで詩人はそう思った。次のデートからは教会での老婆二人の会話のような妄想話ばかりになった。口づけは最初のデートで。三回目のデートのとき、渡瀬の手が、マルガリータが着ているワンピースの上に置くことを許された。閉じた両太腿の上だ。悪童のように少し悪戯したくなる。こちらの悪事など、他の客や店員からはみえない。手は秘められた場所の近くにまで動く。娘は少し慌てた顔になって目を白黒させている。夏服の生地は下着と合わせてもとても薄く、服の上から長い指先でそこをなぞると、詩人は少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「もお、エッチなんだから」と彼女がいった。怒ってはいない。開けた窓から微かな風が入り、彼女の髪と、観葉植物の葉、それから漂う煙草の煙を揺らしていた
「ワタセ、どうして、貴男はこの街に流れてきたの?」
 大きな瞳をした少女が上目遣いに訊いた。渡瀬は過去を語り始めた。
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