伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 ガソリンに火がついた(読み切り小説)
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

ガソリンに火がついた(読み切り小説)

 遠い昔の物語だ。学校を追い出されてから少しして、結婚というものをしてみた。長続きはせず、二年を待たずして破局した。それから……。
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 萩原朔太郎が詩にした大渡橋(おおわたりばし)付近でカヤックを練習したものだった。
 小春日和の日、川原で一漕ぎしてから、ガソリン式の携帯コンロで火をつけ飯ごうを炊こうとしていたら、火が消えているのに気づいた。
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 ──あれ、なくなってしまったかなあ。
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 蓋を開けてみたら、まだ十分ある。
 カヤックに乗るときウエットスーツは欠かせない。水は中にはいってくるが、保温機能は抜群で、体温低下による衰弱をふせいでくれる。
 掲げた携帯コンロからガソリンがこぼれてスーツにかかった。
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 ──まっ、いいかあ。
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 ライター点火。やばい、コンロじゃなくて、こっちに火がついた。
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 走馬燈のように過去の物語が噴きだしてくる。
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  ※ ※ ※
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 あの娘、〝すもも〟と出会った日のこと、結婚式の日のこと。喧嘩の絶えない生活。けして愛がないわけではなかった。
 「誰も愛してはくれない」というのが、〝すもも〟の口癖だった。
 なんという暴言なのだろう。そういうことを、平然といってのけることに、腹をたてていただけのことだったのに。けっきょく〝すもも〟とは別れた。
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 どういうわけだか、別れてからも電話をかけてくる。「仕事をしたいので保証人になってくれ」という。いつもそうだ、少し働くとすぐ辞める。その都度、勤め先から事情を聞かれる。はじめは断った。〝すもも〟は、
「あんなものただの紙ぺら一枚じゃない。最後くらい優しくしてよ」
 しぶしぶまた書類にサインした。
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 クリスマスの日、カヤックの練習にでかけぎわ、マンションの郵便受けを開けたら裁判所からの手紙があった。
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 ──1月20日に、調停があります。欠席しますと、法令により処罰されますので、必ず出頭してください。〝すもも〟さんの第一子〝いちご〟ちゃんの親権についてです。(高崎地方裁判所)
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 〝すもも〟に電話をかけたらすぐに通じた。
「子供? 僕との?」
「まっさかあ。八月に出産したの。いまの彼とのよ」
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 私によって、「人生を滅茶苦茶にされた」と言い残し、別居したのが前年のクリスマスごろ。それから何度も離婚届を迫ってきたのは感情が乱れていたのではなくそういうことだったのか。四月に捺印した。
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 捺印のあと〝すもも〟と桜並木の下を歩いた。
 先を歩いていた〝すもも〟が振り返って、「私ね、彼にあなたの悪い癖や、破った約束を並べ立てたの。彼は、あなたのことを、(会ったこともないから判らない)って答えたのよ」といった。
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 受話器を手にしていた私は、ゆっくり息をはいた。
「そ、そうだね、自然な流れだよね」
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  ※ ※ ※ 
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 火だるまになったウェットスーツに砂をかける。なかなか消えない。ガソリンというのは不思議な液体だ。気化が早くて、なかなかスーツそのものを燃やさず、気化したガソリンだけが燃えている。だがいつかはスーツに火がつくだろう。
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 ──これで死んだら、つまらんゴシップ記事ネタだ。妻の不倫、離婚、出産。人生を悲観しての焼身自殺。
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 よくある週刊誌記事の見出しが頭に浮かぶ。
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 私は1月の利根川に飛び込んだ。氷こそ張ってはいない水面ではあるのだが、冬の水には違いはなく凍てつく。
 水面に頭をだすと、遠くにいた釣り師たちの、「おーい、大丈夫かあ」という声がきこえた。
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  ※ ※ ※
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 裁判の日、きたのは元妻一人だけ。はじめは別室、つぎに同じ部屋に通された。職員は六人。五十歳前後の男女だった。不和となった理由、離婚届け提出日、そして最後に愛し合った日。
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 要点だ。子供が誰の子かということ。血液を採取すればすぐに判ることではないか。いまさら、なにゆえにこんなことをするのだろう。
 役人どもは失笑していた。ずっと悲劇のヒロインをきどっていた〝すもも〟が、実はピエロであることにようやく気づいたか、うつむいた。 
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 離婚から親権裁判の一年でそれなりに滅入った。心臓は痛むし、胃腸の具合もかんばしくない。   
.
 (重病にかかっているのではないか)と医者に診断してもらったところ、「ちょっと心臓は弱ってますが問題ないですよ」とのこと。
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 喫茶店にあったカップルがよく買う『心理テスト』の冊子をみてたら、(あなたは、とても安定した精神状態)と書いてあった。
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 ──案外、私はタフなようだ。
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 〝すもも〟からの電話はこなくなった。

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 ※  ※  ※

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コメント

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2010/02/07 03:34
 咲 様
 危機というのは自分でなんとかするもの。釣り師たちは世間そのもの。声はかけてはくれても助けてくれるとは限りません。そういう意味で加えたエピソードです。

 〝すもも〟タイプの女性。男性にもいますよ。けっこう地位の高い人に多いです。頭の回転ははやいのだけれど、まわりが馬鹿にみえてしまうタイプ。表面上は隠しているけれど、内弁慶で、そこから崩れていく人っていますよね。

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2010/02/07 03:24
藍姫 様

「誰も愛してはくれない」=「他者を愛さない」まさしく。
有名な話しで、ソクラテスの弟子が、ソクラテスに、「結婚したいのですが……」と相談したら、「是非しなさい。良妻なら幸せになれるし、悪妻なら哲学者になれる」といっていますね。物語の主人公は哲学者にこそなれませんでしたけれど、タフにはなれたようです。

アバター

2010/02/06 23:50
カヤックで波を乗り超えるかのごとくタフになってゆく男性…。個人的に、うっかり火だるまになりかけた彼へ釣り師たちがかけたのんびりした声が印象的です。
すももさんのような女性、私のまわりにもいるかも…。
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2010/02/06 21:27
「誰も愛してくれない」と言う人は、自分を愛しすぎているか 自分も愛していない人……でしょうか?
すもものようなタイプの女性は、結婚と離婚を繰り返し、マイペースに生きていくと思いますけど ^^
そんな彼女と結婚していたから、彼は強くなったのでしょうね。

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2010/02/06 18:07
みはる 様

 本質をついてますね。

 先週休日出勤でみられなかった『龍馬伝』、本日の再放送時間をうたたねで見過ごしてしまいました。
 しかってください。(涙)

アバター

2010/02/06 18:02
女は表面も内面もわがままでなくちゃ。
男は表面で弱気を装って、内面を強く。

アバター

2010/02/06 18:00
きらりん 様
男は矢面にたってタフとなり
女は子を産んでタフになる
ような気がします

ピロリ菌
そういうやつでしたか。
気を付けます
アバター
2010/02/06 17:32
やっぱり、男はタフじゃなくちゃね。

え~、私はピロリ菌を除菌後、すっごくタフになりました。
ピロリ菌は、ストレスがちょっとかかるだけですぐに胃に穴を開けるいやなやつでしたよ。
関係のないことを述べて、失礼致しました。
アバター
2010/02/06 14:27
BENクー 様

このようなことを乗り越えて、
男の子は、男になっていく。
というお話しです。

〝すもも〟も子供を得て
 成長したことでしょう。
アバター
2010/02/06 14:15
そめ子様
 リアル過ぎましたか。一応小説です。
 
 近い体験もしましたがね。
 スイーツばかりではなく、
 辛口もかきますよ、
 ということでひとつ。

アバター

2010/02/06 14:10
まずはお久しぶりのステプを・・・

実話にしか思えない生々しさが伝わってきました。虚実はさておき、私には、主人公にすももは何を望みたかったのかが気になりました。愚痴や不満を聞かせたかっただけなのか、それとも何か別の愛情表現が欲しかったのかと・・・
すももの求めた愛って、単にわがままでいたいだけのものだったとしか思えないのが悲しく感じました。

アバター

2010/02/06 13:21
主人公(スイーツ・・・・あ、言っちゃいけないかしら?)は
すももさんが好きだったのですね。
お話から愛情が見え隠れします^^

読んでいて良かったと思ったのは、子供が不倫先のお子さんだった事かなぁ。
そのお子さんは幸せに暮らしているのかとか 私は母なのでそこが心配です。

それから、ゴシップ記事にならなくて良かったです。
アバター
2010/02/06 12:38
短編小説ね

三歩あるけば恋もするさ
アバター
2010/02/06 12:26
・・・・あれ?これは・・・実話ですか?(・・)?
ドンマイです☆.。.:*・゚
人生、こらからですよぉ~♫♩♬ o(*^▽^*)oあはっ♪

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こんばんわ

こんばんわ
今日も寒いです。

今日はほんとに辛口ですね。
調停場面とか経験者でないと書けないような(*^_^*)
ここまでくるとたいてい女性が強そうですが、すももさん、何かいじらしいところもありますね。
結ばれ、破局題材はいくらでもありますね。
山でガソリンコンロ扱いますが、あれは確かにちょっと怖いですね。
ブーブー言う音は寒いときそれだけで何か心が暖まりますけれど。

No title

あぁ……何か自分が離婚した時の事のよう……
しかも群馬の地裁……

Re: こんばんわ

 ときどき、このての相談をしてくる男子どもがおりますので、ちょっと、辛口の助言をしたつもりでした。この場合のイニシアチブは主人公が握っています。法廷では、遺伝子を用いる判例がなされておりません。ニュースで、DVで逃げた女性が、転がり込んだ男性宅で身ごもり、前夫怖さに私生児扱いとして届けざるを得なくなる。──といったケースをよく耳にします。法律は現状に20年から30年は遅れがちです。
 〝すもも〟は、主人公の顔色をうかがわざるを得ないのです。

  ガソリンコンロ。風に弱いですよねえ。ほんとに危ないです。

Re: No title

なにかレスしずらいコメント。
宜しければ、置き手紙か、あし友メッセージあたりでどうぞ。

No title

 こんばんは。

 すもも・・・・おもしろいキャラの持ち主だわ

 ここまでくればなんだろうね?

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