伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 終章2/ファア王国志 『ファア王国、その後――』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

終章2/ファア王国志 『ファア王国、その後――』

ファア王国志
終章 覇王のまなざし

2
 ファア王国、その後――
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 ユンリイ大王を綴った栄光の物語をひとまず閉じるとしよう。これよりは後日談である。
 ギルメル降伏から三年後、ファア王国都城エイ。町の北側の大半を占める広大な王宮庭園「羽林園《アリヨシア・アリーシャ》」には世界中から珍しい動植物が集められている。鳥獣では象、孔雀、鰐、植物では各種香木に菩提樹、最近は蘭の花も植えられている。
 菩提樹の木陰に置いた藤椅子にもたれたユンリイ王は、柵の向こう側にいる池の鰐《わに》を眺めていた。王姉内親王フィルファ、王妃ルイエルと王子、義母のエルーナ族長。国師《モスタシャル》マギオン、ゾヤ将軍、サートン、ナイカル……。周囲には王国の主立った人々が集まっている。
 王は病気だ。ジーンとの「決戦」でハーンと剣戟をまじわしていたとき、オーソン参謀が呪《しゅ》を施した毒矢を放ちユンリイの手をかすめている。初めは軽傷に思えた。だがそれは三年をかけてじわじわと王の身体を蝕んでゆく。帝位の秒読み段階にありながらユンリイが玉座に君臨できなかった歴史の闇の真相である。
 別れの席でユンリイは親しい人々一人ずつに声をかけてゆき、最後に国師《モスタシャル》マギオンを呼んだ。囁くような声しか出せないので耳打ちするような恰好になっていた。
「国師《モスタシャル》マギオン、兄上、貴男の功績は枚挙にいとまもない。それだというのに領地も黄金も辞退ばかりしている。望むならばわが亡き後の王座を進呈するが?」
「何も要りません。主公《わがきみ》に『兄上』と呼んで頂けたことが最大の報酬です」
 ユンリイは微笑した。
「実をいうと貴男が欲しがるものを知っている。ティア公女セヒーナ。今となっては『決戦』で討死したラージン将軍に与えたことを後悔している。そう、貴男の正夫人として迎えるべきだったのだ」
 国師《モスタシャル》は少し驚いた顔をしている。王は続けた。
「今やティアは同盟国になっている。セヒーナを公女の位に復し故国に帰そうと思う。改めて求婚なされるか否かは兄上の自由だ」
 そう言い残してユンリイは双眼を閉じる。
 ナイカルが慟哭した。
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 ――太陽が沈んでしまった。
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 サートン、ゾヤ……臣僚たちが呆けたように両膝を地に落す。
 ユンリイ崩御を受けて四歳の王子が即位。国師《モスタシャル》マギオンが摂政になる。
 ユンリイ大王の後、ファア王国は五百年続き何人もの名君を輩出することになるのだが、「太陽」とも「大鳥」とも形容される閃光を放ち旋風を巻き起こす覇王《モリ・キャザディーン》が現れることは二度となかった。

 ファア王国の隆盛は続いているか、に思えた。ハーンが宰相に就任したと訊いた国内で暗躍していた盗賊たちは他国に逃げ出した。中原にこそ出ては来ないジーン侯国は北方の諸族を各個撃破して、跡地に植民都市を建設、版図を着実に拡げていた。兵力も少しずつではあるが回復し始めている。
(あと、この国に足りぬ物は何か?)
 宰相ハーンは考えた。昔、ユンリイの祖父の代のとき、ファア王国に使節として赴いたことがある。中原では辺境の蛮族のようにいわれていた王国都城エイの繁栄。壮大な王宮庭園「羽林園《アリヨシア・アリーシャ》」、前途有望な子弟を集めた王立学問所の存在。 (そう、ジーンに足りぬのは「文化」だ)
 敗戦処理のやるべきこと成し終えたハーンは、宰相を辞して、帰国していたオーソンに手紙を書き、二年間、帝都に遊学。学芸機関や諸制度で目につく限りのものを学んで帰国し粗野な辺境侯国から文化大国への脱却を図ったのである。帰国してから元老として「翰林院」《かんりんいん》というアカデミー機関の設立する。
 その最中、なんとファア王国摂政である国師《モスタシャル》マギオンが、ティア侯国に帰国していたセヒーナ公女を奪ってジーン侯国に亡命してきたということを宰相は耳にした。
  ☆
 あれほどに冷静であった国師《モスタシャル》マギオンだったのに、「恋に狂った」としか思えない行動は余りにも唐突で謎としかいいようがなく王国を震撼させた。ステータスシンボルでもある絶世の美女をわがものとしたという大貴族たちの嫉妬、位人臣を極めながら、祖国を見限って他国に走った、ということへの義憤が国内に吹き荒れる。
 大貴族たちの私兵が、ファアになおもとどまっていたマギオンの領国を焼き討ちにして、男子は皆殺し、女史は慰み者として分け合うという暴挙に出た。
  ☆
 そのことについてはこんな異聞がある。
 ラージン将軍を討ったクラウスト将軍の故国ギルメルとの講和において、族滅を主張するファアの諸将が大多数であった。そこにサートンとナイカルを派遣して講和をさせた国師《モスタシャル》マギオンは実質的な最高権力者ではあったが、ユンリイ王のようなカリスマ的な元首の後ろ盾がなく孤立していた。
 帝都ズウに戻っていたオーソンは「草」を放って、「ギルメルから賄賂を貰った」とも、また、「エリナ夫人はもともと刺客で、ギルメルのためにマギオンが命じて少しずつ毒をもらせていたのだ」ともファア王国主要都市で噂話をばらまく。 この人は陰謀によってジーンに亡命せざるを得なくなった。
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 ――国師《モスタシャル》マギオンは、異母弟であるユンリイ王の言葉に従ってティアに出向き、エリナ夫人に求婚しただけに過ぎない。マギオンが王国を離れた瞬間に、諸将を抑えていたタガが外れて、恐ろしい結末を迎えた、というのだ。今となっては真相は判らない。それに、宮廷魔道士であるこの人は、王国よりも、弟であるユンリイ王のみを愛し、あらゆものに目の前の全てに優先させていたのだが、巨大なカリスマの喪失は、諸将ならずとも理性の人であるマギオンすらも狂わせたのだ。
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 そんなふうに、『ファア王国志』著者のサートンは所見で述べている。

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【登場人物】
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〈ファア王国〉
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肉林王《バゼホリーマ》ユンリイ/中原《ヨシンヌ》の人から「南蛮《ババリ》」と蔑称《べっしょう》される辺境の大国ファア王国。そこで惰弱を振る舞う青年君主。本編の主人公である。破廉恥な宴で莫迦騒ぎもする一方で、広大な宮殿外苑「羽林園《アリヨシア・アリーシャ》」の菩提樹の木陰で瞑想するのを好む。サートンの説得により、惰弱の仮面を脱ぐ。以降は「覇王《モリ・キャザディーン》」と呼ばれる。王族用白象アファーシファに乗る。天才鍛冶職人ハダドに打たせた隕鉄剣《ハディー・ナイサキー》、異称『七星剣《カヴィエ・ヴァルハ・カース》』を佩剣とする。女性的な容貌であるため、敵に侮られるのではないかと気遣う王姉の内親王により、醜い鬼神《シャイターン》の仮面を贈られる。
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フィルファ内親王/ユンリイが心を許す聡明な姉。敵対陣営にいる宰相ガントスをしても、「男に生まれれば間違いなく名君になった」と賞賛される一方で、「王の目《アルヨン・アルモリック》」とも呼ばれ恐れられる。御料地ウオサレオダは、王国施政のモデルケースとなった。王族用白象イゾニアに乗る。
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国師《モスタシャル》マギオン/若き首席宮廷道士《モキマ・ドーヤ》。ユンリイ王、サートンやナイカルといった若い人材の資質をいち早くからみいだした大臣。 
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故・老師ザムリアル/先代国師でマギオンの師。死してなおファア王国と愛弟子の行く末を気遣う。
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サートン/中級貴族《フェアレサ》出身で王立学問所学生《ジャミハ》に在籍していたとき国師《モスタシャル》マギオンに、後輩ナイカルともどもスカウトされ王臣となる。「腕っ節は強いが将領というほどのものではなく、成績は良いが主席というものでもない。だがその言葉は人の胸を打つ」と評される。「一騎当万の舌先三寸」で王国の窮地を何度も救う。
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ナイカル/王立学問所《ジャミハ》学生のときサートンの後輩だった。サートンともども国師《モスタシャル》にスカウトされ王臣となる。小柄。愛嬌があり、毒舌。サートン同様に、外交官として活躍。後の人に、「サートンに勝るとも劣らず」と評される。
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ゾヤ/弓の名手。下級貴族である士族《ペザーオイード》出身。大貴族のしがない飼い殺されかけていた。王都近郊にある荘園で奴隷監督役をしている。実は弓矢の名人で、後に「弓仙」ゾヤと呼ばれ、近衛軍の将領となる。
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ゴルセオ/槍の使い手。田舎貴族に仕えていた士族《ペザーオイード》。王臣となり「豪槍ゴルセオ」と呼ばれ猛将となる。ラージンと双璧をなす。ゾヤの親族。
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ラージン/剣の使い手。田舎貴族に仕えていた士族《ペザーオイード》。王臣となり「剣聖」ラージンと呼ばれ猛将となる。ゴルセオと双璧をなす。ゾヤの親族。
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ハダド/鍛冶職人集団の長。中級貴族《フェアレサ》階層の人。
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宰相《ブライッサ》ガントス/したたかな実力者。王族系の大貴族《タンマビル》。
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執政《コンスラル》シュナ/ガントスの従弟で同門。王族系の大貴族《タンマビル》。
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ルイエル/ルーコン氏族出身。盟約により十三歳でユンリイ王に嫁すエルーナの娘。「望気《ポンファロガ・エルナ》」の才能がある。
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〈ジーン侯国〉
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ハーン将軍/ジーン侯国の名将で後に元帥・宰相の職に就く。中級貴族《フェアレサ》・竜御師《ダギリナ・メリック》の家系。ユンリイ王が師と仰ぎまた最大の好敵手《ライバル》とみなしている。麾下の部隊は、戦車と重装歩兵で構成され、黒づくめであることから「黒甲兵」と呼ばれ、世界最強を誇る。
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オーソン/ズウ帝国大貴族。若いが切れ者である。軍師・宮廷道士としての素養もある。ジーン侯国に軍事顧問として派遣され、ハーンの軍師となる。
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キース元帥/第二席の大臣で老練な才量をみせる。ハーン将軍の僚友。
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アベラトス将軍/前宰相の息子。第三軍の若い将領。
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ダンカン将軍/公室一門。第四軍の若い将領。
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〈その他の国家・氏族関係者〉
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エルーナ/精悍な森の民ルーコン氏族の女族長。ユンリイ王に服属する条件として娘をユンリイ王妃に嫁させた。中原に匹敵する広さをもつ「黒林《エスエッド》」の支配者で、ユンリイが、ズウ帝国国都ルウへ抜ける新道「黒林林《エスドット・ドリアクサリア》」を築く際に協力。強固な同盟者である。外戚であるのをいいことに、娘婿に逆セクを働く悪癖がある。
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クラウスト/ギルメル侯国公族。齢三十過ぎの将軍。戦地に赴いても一子エトラによく手紙を書き送る。ギルメルは中原諸国のうち前王朝ギール帝国皇族の系譜で諸侯筆頭の名門である。一度盟約を結ぶと盟約を違えない国柄で、「中原の頑固者」と呼ばれ、他国とは一線を画す。
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セヒーナ夫人/クオン公族に嫁いだティア公女。絶世の美女である。




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