伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第4章2/ファア王国志 『ギルメルの参戦』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第4章2/ファア王国志 『ギルメルの参戦』

ファア王国志
第4章 第二次ティア戦争
2 ギルメルの参戦
 ジーン侯国傘下の中原諸国で唯一ティア侯国救援に向かったギルメル侯国の軍営に手紙が届けられる。おびただしい数のテントの群れの中にある幕舎にきて、手紙を主将のクラウストに手渡したのは、革車という食糧物資を満載した牛車からなる輜重《しちょう》隊の隊長だった。
「息子さんからです」
 手紙はパピルスに書かれたものだ。三十半ばの男盛りであるクラウストが微笑む。こう書かれていた。
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父様へ/
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 市場に行きました。露店の居酒屋に腰かけた異国の男たちが話し声がきこえてきます。「ギルメルは商いで身をたてていて額に汗することがない。辺境の民を騙して得た富裕さで卑しむものだ」といいます。父様はどうお考えになられますか?
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                                  /エトラ
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 クラウストはすぐに返書した。
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息子へ/
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 なるほど、ギルメルは商いで中原屈指の富裕さを手に入れました。領土が狭く耕地に限りがあり、鉱山もあまりありません。そこでわが国は周辺国から物資を集めて質の良い工芸品をつくり他国へ転売するという方法をとっているのです。主力商品は織物、「世界」はギルメルの織物に高値をつけています。
 麻や繭《まゆ》・羊毛といった織物の原料は異国の農夫から買います。農夫は概して口下手で、強く出るとこちらのいい値で売ってしまいますが、しかしそれをやると、逆に農夫は生活が出来なくなって転業してしまいますから、商人も損害を被るのです。
 そのような事態にならないように、われわれは法律を作り農夫を保護しています。
 今の「世界」で起きている戦争の要因は限られた耕地と農業用水の奪い合いが主な原因です。交易《あきない》を国の主柱とすることで、他国に多く見られる無用な略奪戦争を回避している祖国ギルメルの生き方を、むしろ誇りにすべきだと私は考えます。
.
                                /クラウスト
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手紙は、帰路についた輜重隊の隊長に預け、十日ほどかけてクラウストの屋敷に届けられた。
 黒林の東外側を北に抜ける「旧街道《アパリーフ・エフ・コティーマ》」を、ファア王国傘下の中原諸侯国の援軍が、国師《モスタシャル》マギオンを主将とする別働隊に続々と合流し行軍を続け、戦車四百乗兵員四万に膨れ上がりティアに迫った。
 他方、新道「黒林路《エスドット・ドリアクサリア》」では、本隊戦象百頭、戦車千乗兵員十一万の軍勢が帝都ズウを威嚇して後、東に転進しティアを囲んだ。ティアの総兵力は戦車五百乗兵員五千である。これにクラウスト率いるギルメル軍の戦車百乗兵員一万を合わせて一万五千だから十倍の開きがある。ギルメル軍が囲まれている盟友ティアを救うには絶望的としかいいようがないのだが、それでも盟主ジーン侯国が大軍で救援にくるまでファアを向こうに回して、ティアは籠城し、ギルメルが牽制するという策を採った。

 ティア侯国の同名都城。そこの政事堂に集まった重臣たちは絶望した。
「ファア王国十一万の軍勢がズウの帝都のある西街道から突如として現れた。従来の街道を北上してきた四万の軍勢だけでも大軍だというのに、それすら囮だったというのか」
「前回のユンリイ王の進攻の後、森の民ルーコンを手なづけて『黒林』に新道を造ったという噂がたったことがある。中原にいる誰もが真偽を確かめたことがなかったが、やはり本当だ。でなければ、二回までもこんなことが起こるはずがない」
「降伏するしかありますまい」
 重臣の一人がそういったとき、悲しげな顔をしてまた大公ユウがこんなふうに答えた。
「わが国は南北の街道が交わる要地にあり、北のジーンと南のファアがぶつかる係争地だ。ティアの歴代大公は両国を天秤にかけ、勢いのあるどちらか一方の傘下に収まることで生き延びてきた。しかし、覇者ジーン侯国すら飲み込もうであろうあの大兵力で囲むファアが、風見鶏のように振る舞ってきたわれらに今さら、『盾』としての価値を見出せようか?」 ユンリイ王の祖父はルートといい、ファア王国は中原諸国の半ばを傘下に置いてズウ帝国に禅譲を迫ったのであるが、ジーン侯国のウェンが「第一次ティア戦争」においてファアを撃破して中原諸国を解放。帝室から「覇者」の称号を贈られた。もともとズウ帝国の諸侯であったティアは、ルート朝ファア王国の傘下に入り、ジーン侯国が覇権を握るジーンの傘下に入ったという経緯がある。
「死に花を咲かせてから果てようぞ」
 大公が静かにいうと重臣たちがすすり泣きしだす。城壁の外はファアの軍勢で埋め尽くされ、脱出しようにも出来ない。
 この時代、戦いに敗れるということは、氏族を祭る担い手である男子が皆殺しにされ、女史は慰み者、性奴隷となり、生まれてきた子供は「物いう家畜」となることを意味する。ゆえに、重鎮たちは都城の守護神や父祖の英霊にふがいなさを詫びて号泣した。兵士たちが泣き、その家族が泣き、邑民が泣く。最後の出陣に際して哭泣するので「哭礼」というのだ。
 城壁の外にいたファア王国勢の諸将は嫌な顔をした。勝つのは判っている。問題なのは、泣きっ面の「『狂戦士《アラ・リュージュ》」どもがどの部隊に喰らいつくかである。もし不運にも麾下の部隊に襲い掛かってきたときは相当の被害が出る。恩賞は貰えない責任をとらされるでいいことなど一つもない。
 王妃ルイエルと並んで白象パイの輿に乗っているユンリイ王は、「『狂戦士《アラ・リュージュ》』どもなぞ相手にするだけ煩わしい」といい、さっさと包囲を緩めて全軍を後方に一時退却させたため、「狂戦士《アラ・リュージュ》」どもは肩透かしを食らった格好になった。
 小さな森のある小高い丘。麓には大きな池があり、近衛軍が荷車である革車並べて円陣を作り野営地にしようとしている。そこに四頭だての戦車に乗った国師《モスタシャル》マギオンが、ユンリイの乗った白象の下に駆け寄り、「サートンをティア城にお遣わし下さい。サートンなら戦わずしてティアを降すことでしょう」進言した。ユンリイは、献策を採可。翌朝、偉丈夫の大使を乗せた王国の戦車がティアの城に入った。

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【登場人物】
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〈ファア王国〉
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肉林王《バゼホリーマ》ユンリイ/中原《ヨシンヌ》の人から「南蛮《ババリ》」と蔑称《べっしょう》される辺境の大国ファア王国。そこで惰弱を振る舞う青年君主。本編の主人公である。破廉恥な宴で莫迦騒ぎもする一方で、広大な宮殿外苑「羽林園《アリヨシア・アリーシャ》」の菩提樹の木陰で瞑想するのを好む。サートンの説得により、惰弱の仮面を脱ぐ。以降は「覇王《モリ・キャザディーン》」と呼ばれる。王族用白象アファーシファに乗る。天才鍛冶職人ハダドに打たせた隕鉄剣《ハディー・ナイサキー》、異称『七星剣《カヴィエ・ヴァルハ・カース》』を佩剣とする。女性的な容貌であるため、敵に侮られるのではないかと気遣う王姉の内親王により、醜い鬼神《シャイターン》の仮面を贈られる。祖父ルート、父クワンジュン
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フィルファ内親王/ユンリイが心を許す聡明な姉。敵対陣営にいる宰相ガントスをしても、「男に生まれれば間違いなく名君になった」と賞賛される一方で、「王の目《アルヨン・アルモリック》」とも呼ばれ恐れられる。御料地ウオサレオダは、王国施政のモデルケースとなった。王族用白象イゾニアに乗る。
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国師《モスタシャル》マギオン/若き首席宮廷道士《モキマ・ドーヤ》。ユンリイ王、サートンやナイカルといった若い人材の資質をいち早くからみいだした大臣。 
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故・老師ザムリアル/先代国師でマギオンの師。死してなおファア王国と愛弟子の行く末を気遣う。
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サートン/中級貴族《フェアレサ》出身で王立学問所学生《ジャミハ》に在籍していたとき国師マギオンに、後輩ナイカルともどもスカウトされ王臣となる。「腕っ節は強いが将領というほどのものではなく、成績は良いが主席というものでもない。だがその言葉は人の胸を打つ」と評される。「一騎当万の舌先三寸」で王国の窮地を何度も救う。
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ナイカル/王立学問所《ジャミハ》学生のときサートンの後輩だった。サートンともども国師にスカウトされ王臣となる。小柄。愛嬌があり、毒舌。サートン同様に、外交官として活躍。後の人に、「サートンに勝るとも劣らず」と評される。
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ゾヤ/弓の名手。下級貴族である士族《ペザーオイード》出身。大貴族のしがない飼い殺されかけていた。王都近郊にある荘園で奴隷監督役をしている。実は弓矢の名人で、後に「弓仙ゾヤ」と呼ばれ、近衛軍の将領となる。
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ゴルセオ/槍の使い手。田舎貴族に仕えていた士族《ペザーオイード》。王臣となり「豪槍ゴルセオ」と呼ばれ猛将となる。ラージンと双璧をなす。ゾヤの親族。
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ラージン/剣の使い手。田舎貴族に仕えていた士族《ペザーオイード》。王臣となり剣のラージンと呼ばれ猛将となる。ゴルセオと双璧をなす。ゾヤの親族。
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ハダド/鍛冶職人集団の長。中級貴族《フェアレサ》階層の人。
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宰相《ブライッサ》ガントス/したたかな実力者。王族系の大貴族《タンマビル》。
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執政《コンスラル》シュナ/ガントスの従弟で同門。王族系の大貴族《タンマビル》。
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ルイエル/ルーコン氏族出身。盟約により十三歳でユンリイ王に嫁すエルーナの娘。「望気《ポンファロガ・エルナ》」の才能がある。
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〈ジーン侯国〉
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ハーン将軍/ジーン侯国の名将で後に元帥・宰相の職に就く。中級貴族《フェアレサ》・竜御師《ダギリナ・メリック》の家系。ユンリイ王が師と仰ぎまた最大の好敵手《ライバル》とみなしている。麾下の部隊は、戦車と重装歩兵で構成され、黒づくめであることから「黒甲兵」と呼ばれ、世界最強を誇る。
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オーソン/ズウ帝国大貴族。若いが切れ者である。軍師・宮廷道士としての素養もある。ジーン侯国に軍事顧問として派遣され、ハーンの軍師となる。
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キース元帥/第二席の大臣で老練な才量をみせる。ハーン将軍の僚友。
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アベラトス将軍/前宰相の息子。第三軍の若い将領。
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ダンカン将軍/公室一門。第四軍の若い将領。
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〈その他の国家・氏族関係者〉
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エルーナ/精悍な森の民ルーコン氏族の女族長。ユンリイ王に服属する条件として娘をユンリイ王妃に嫁させた。中原に匹敵する広さをもつ「黒林《エスエッド》」の支配者で、ユンリイが、ズウ帝国国都ルウへ抜ける新道「黒林路《エスドット・ドリアクサリア》」を築く際に協力。強固な同盟者である。外戚であるのをいいことに、娘婿に逆セクを働く悪癖がある。
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クラウスト/ギルメル侯国公族。齢三十過ぎの将軍。戦地に赴いても一子エトラによく手紙を書き送る。ギルメルは中原諸国のうち前王朝ギール帝国皇族の系譜で諸侯筆頭の名門である。一度盟約を結ぶと盟約を違えない国柄で、「中原の頑固者」と呼ばれ、他国とは一線を画す。
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セヒーナ夫人/クオン公族に嫁いだティア公女。絶世の美女である。



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