伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第2章4/ファア王国志 『トラパン州城』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第2章4/ファア王国志 『トラパン州城』

第2章 宰相謀反

4 トラパン州城

 トラパラン州城内部である。参謀のオーソンが、直属の部下たちを率いて、城の随所に、革張りの蓋をかぶせたかめを配置しているところだった。地面を掘って、甕に下半分を埋め込んだ格好だ。楼閣の上から降りてきたハーン将軍が、 「何をなされている?」と問いかけると、若い参謀は、微笑んだ。
「敵は州都よりも、寡兵で詰めている、あなた様の首級を狙っている。『世界最強の将領ハーンを討った』となれば、その後、あらゆる国を脅すことができる。力攻めしてくることは間違いない。恐らくは坑道を掘っているでしょう」
わしを『世界最強』というのは買い被りというものだが、坑道攻め《あなぜめ》は十分ありうる。なるほど、革張りの甕か。敵が地面を掘れば、振動が伝わって、太鼓のように知らせてくれる」
 老将が参謀の肩を叩いて白い歯をみせた。
坑道戦術というのは、敵がのみくわのような農工具をつかう微かな音を、革張りの甕で増幅させて籠城側が攻城側の坑道掘削を察知。対抗して籠城側も音のするほうに坑道を掘って側面攻撃をする、というものだ。
 トラパラン州城に籠ったジーン侯国のハーン将軍は巧みで、チャイ侯国軍が掘る坑道を、片っ端から、対抗する坑道を掘って潰していった。さらに坑道を、敵の本陣にまで延長。精強な「黒騎兵」5千からさらに絞って八百名の勇士を選んで、自ら陣頭に立ち夜襲をかけた。戦とは心理戦だ。チャイ十万の大軍とはいえども、いったん相手に、陣の内部に突入されると脆い。中枢は大混乱に陥った。
 狐目をしたチャイの元帥は、寝台から跳ね起き甲冑を身に着け外に出ると、黒い甲冑姿の長い白髭の人が立っていた。
「おまえは、何者だ?」
「ジーン侯国のハーンじゃよ」
 ハーンは、立てた槍を片手にもたれかかり、残る片手で、長い白髭をもてあそんでいた。
 狐目の元帥が剣を引き抜いた。
「嘘だ。あり得ぬ。五千が五万の軍勢を討つというのか。夢だ。戦場ではありがちな、ただの夢だ――」
 そう、わめき散らしながらおどりかかってくる両横腹に多数の槍が突き刺さった。悲鳴とともに、チャイの元帥は果てた。
 ハーンは麾下の勇士たちに、
せがれどもよ、わしはおまえたちを誇りに思う。さあ、引き揚げるぞ」
 そう命じて、出てきた坑道から、トラパラン州城に戻った。
 チャイ侯国軍五万の軍勢は、総指揮官を失った上に、キース元帥率いるジーン主力軍六万の接近を知り、退却せざるを得なかった。ジーン侯国は、東部戦線につづいて、西部戦線にも勝利し覇者の面目を保った。そして世界は思い知るのである、
.
 ――ハーンにかなう将領は地上のどこにも存在しない。
.
 ということを。
 「ハーン将軍、化物じみている。主公わがきみは、このような敵将と互角近くまで、渡りあってきたのだな」
 サートンは、大混乱となったチャイ軍本陣を離脱し、ナイカルに続いて、内戦状態となっている故国に帰還することにした。馬二頭にかせた戦車の上でサートンは、つくづくそう思った。

 いったいどこまでつづくのであろう。東にゆく街道は深く暗い森を抜けると湿地帯となり、そこを抜けると低い山並み、そしてまた平原に達した。平原を東流する大河ヌウ中流域の左岸はゴルコル地方と呼ばれる。宰相ブライッサ派一門の領邦りょうほうがある場所で、権勢を誇った王族にふさわしい豊かな土地だ。
 ゴルコル地方の名の由来となる大きな城市が宰相ブライッサガントスの拠点である。領邦の境を越えてきた王党派軍は五万。若い国王は、人の発する霊光オーラが天空に揺らめくのを観測する「望気」の能力をもった国師モスタシャルマギオンを呼んで、迎撃体制を敷いている宰相ブライッサ派軍の数を訊いた。
「二万。「ただし向こうは、歴戦の勇士が多く、こちらは実戦経験の少ない烏合の衆」
(その分は数で対抗するしかない)
 ユンリイ王は、姉であるフィルファ内親王から贈られた鬼神の面で美麗な顔面を隠し、その上にかぶとをかぶっている。その人は小さくつぶやいた。
 軍事科学が未発達であった青銅器時代後期。陣形のバリエーションは少なく、横列陣形が主体であった。敵味方は相手の存在を確認すると、陣形を保ったまま、互いに間合いを詰めて、弩弓どきゅうの矢が届くすれすれのところまで接近し、初めて戦闘が開始されるのである。
 東から風が吹いている。王党派軍は風下であった。
 いわぬことか、一里(四百メートル)離れた敵陣から、立て続けに、二本の矢が風に乗って、王党派軍の軍旗や陣太鼓に刺さった。
「敵の弓矢は、こんなにも強力なのか」
戦経験の少ない兵士たちは浮足立った。三の矢がきたら脱走兵もでるだろう。このとき、
「王家に伝わる二本あった魔法の矢だ。宰相ブライッサガントスが権勢をほしいままにしていたとき、宝物庫から盗んだもの。奴らめはすでに、二本を放った。臆することはない」
 ユンリイはそう叫んで、矢の一つを自ら引き抜き、白象に乗って麾下の将兵たちに示した。(おおっ)と歓声があがり、勇気をだした将兵たちは、さらに間合いを詰めて、弩弓どきゅうの矢の射程距離である五十歩《約百メートル》、さらに詰めて有効射程距離である二十五歩《約五十メートル》まで陣をすすめることができた。
(常に「風」は主公わがきみの翼が羽ばたくことにいずる)
 実際の風向きまで変わった。
 王の前面をゆく近衛軍百人隊を指揮する弓仙のゾヤは、麾下の弓兵たちに、弓を構えるように命じた。敵勢が、有効射程に入った瞬間を感覚的にとらえ、「て」と命じると、他の部隊も続々とならう。
 宙空が黒くなるほどに、敵味方の矢が、飛び交っていだした。
 野戦に王党派の軍勢が勝利した。宰相ブライッサ派の主力は執政コンスラルシュナが率いており、拠点であるカトン城に退却。カトン城を陥落させれば、背後にあるゴルコル本城を丸裸にできる。
 確かに勝利した王党派の軍勢であったが、五万から四万に数を減らしていた。宰相ブライッサ派は二万から七千である。
 攻守に倍以上という圧倒的な数の開きがある場合、兵士資質や装備、地形的条件が同じ場合、多数派がほぼ無傷で、少数派が壊滅となるのが通例だ。多数の側である王党派軍が一万もの損害をだすというのは、やはり義勇軍主体の寄せ集めで、職業軍人の多い宰相ブライッサ派に比べて質が悪いとしかいいようがない。
 野戦に勝利した王党派の将兵の士気は盛んで、「主公わがきみ、カトンの城など、一気に潰してしまいましょうぞ」と声を弾ませている。主公と呼ばれたユンリイ王、「世界」の半分を実質的に支配している若い青年君主は深く迷っていた。
(勝利は確信できる。だが後はどうだ。将校や職業軍事の大半を失ってしまうではないか。これでジーン侯国に、あのハーン将軍に、勝てるわけがない)
 そんなとき、いつもは沈着冷静な国師モスタシャルマギオンが、珍しく声を弾ませユンリイの幕舎を開けて入ってきた。
「ライファン侯国に行ったナイカルが帰還しました。チャイ侯国に行ったサートンもほどなく帰還するとの知らせを受けております」
(よし、これでなんとかなる)
 ユンリイも立ち上がり声を弾ませる。
「所領は四分の一に削り、宰相ブライッサガントスと執政コンスラルシュナは隠居とすることをもって講和条件とする」
 やがて、ナイカルが王の幕舎に小柄な男が駆け込んだ。ユンリイ王は手を叩いて喜び、「サートンが到着し次第、宰相ブライッサガントスと執政コンスラルシュナを説得するように」と命じる。 宰相ブライッサ派の拠点カトンの城は、四方をすっかり王党派軍に包囲されていた。





【登場人物】

肉林王バゼホリーマユンリイ/中原ヨシンヌの人から「南蛮ババリ」と蔑称べっしょうされる辺境の大国ファア王国。そこで惰弱を振る舞う青年君主。本編の主人公である。破廉恥な宴で莫迦騒ぎもする一方で、広大な宮殿外苑「羽林園アリヨシア・アリーシャ」の菩提樹の木陰で瞑想するのを好む。サートンの説得により、惰弱の仮面を脱ぐ。以降は「覇王モリ・キャザディーン」と呼ばれる。王族用白象アファーシファに乗る。天才鍛冶職人ハダドに打たせた隕鉄剣ハディー・ナイサキー、異称『七星剣カヴィエ・ヴァルハ・カース』を佩剣とする。女性的な容貌であるため、敵に侮られるのではないかと気遣う王姉の内親王により、醜い鬼神シャイターンの仮面を贈られる。
.
フィルファ内親王/ユンリイが心を許す聡明な姉。敵対陣営にいる宰相ガントスをしても、「男に生まれれば間違いなく名君になった」と賞賛される一方で、「王のアルヨン・アルモリック」とも呼ばれ恐れられる。御料地ウオサレオダは、王国施政のモデルケースとなった。王族用白象イゾニアに乗る。

国師モスタシャルマギオン/若き首席宮廷道士モキマ・ドーヤ。ユンリイ王、サートンやナイカルといった若い人材の資質をいち早くからみいだした大臣。 

故・老師ザムリアル/先代国師でマギオンの師。死してなおファア王国と愛弟子の行く末を気遣う。

サートン/中級貴族フェアレサ出身で王立学問所学生ジャミハに在籍していたとき国師マギオンに、後輩ナイカルともどもスカウトされ王臣となる。「腕っ節は強いが将領というほどのものではなく、成績は良いが主席というものでもない。だがその言葉は人の胸を打つ」と評される。「一騎当万の舌先三寸」で王国の窮地を何度も救う。

ナイカル/王立学問所ジャミハ学生のときサートンの後輩だった。サートンともども国師にスカウトされ王臣となる。小柄。愛嬌があり、毒舌。サートン同様に、外交官として活躍。後の人に、「サートンに勝るとも劣らず」と評される。

ゾヤ/弓の名手。下級貴族である士族ペザーオイード出身。大貴族のしがない飼い殺されかけていた。王都近郊にある荘園で奴隷監督役をしている。実は弓矢の名人で、後に「弓仙ゾヤ」と呼ばれ、近衛軍の将領となる。

ゴルセオ/槍の使い手。田舎貴族に仕えていた士族ペザーオイード。王臣となり「豪槍ゴルセオ」と呼ばれ猛将となる。ラージンと双璧をなす。ゾヤの親族。

ラージン/剣の使い手。田舎貴族に仕えていた士族ペザーオイード。王臣となり剣のラージンと呼ばれ猛将となる。ゴルセオと双璧をなす。ゾヤの親族。

ハダド/鍛冶職人集団の長。中級貴族フェアレサ階層の人。

宰相ブライッサガントス/したたかな実力者。王族系の大貴族タンマビル

執政コンスラルシュナ/ガントスの従弟で同門。王族系の大貴族タンマビル

ハーン将軍/ジーン侯国の名将で後に元帥・宰相の職に就く。中級貴族フェアレサ竜御師ダギリナ・メリックの家系。

セヒーナ夫人/クオン公族に嫁いだティア公女。絶世の美女である。

エルーナ/森の民ルーコン氏族族長。

ルイエル/ルーコン氏族出身。盟約により十三歳でユンリイ王に嫁すエルーナの娘。「望気ポンファロガ・エルナ」の才能がある。

オーソン/ズウ帝国大貴族。若いが切れ者である。軍師・宮廷道士としての素養もある。
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