伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 序章6/ファア王国志 『大鳥の咆哮』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

序章6/ファア王国志 『大鳥の咆哮』

 フィファルファ内親王は、王都エイから西に千里離れたところに御料地ごりょうちをもつ。ウオサレオダという城市だ。いっときは羽林園の菩提樹の下に藤椅子を置き物思いにふける姿をみせていたユンリイ王であったが、王姉が所領に帰った途端に、また宴会の喧騒に身を置き、惰弱のていをさらしだした。
 国師派である新興王臣グループがサートンの屋敷で会合を開いた。国師マギオンの信任を得て一派の領袖となった偉丈夫の近習サートンに、若手王臣たちが詰め寄った。
「ユンリイ王、果たして英傑であらせられるのか? それとも内親王殿下がこられたときだけ賢明を装われていらっしゃるのか?」
 長椅子に腰掛けたサートンが、腕組みした。正直なところサートンも判断しかねるところがある。背の低い近習ナイカルは先日、市場で買ってきた文鳥を手にして背中をなでながら、
「私が
諫言かんげんしますよ。先輩がやったら駄目っすよ。ずけずけいっちゃいそうだから」
 夜の会合では、ひとまず落ち着いた。
    ☆
 宮殿の宴席には、肉料理や酒で満たした人の丈ほどもある容器が、広間の
随所ずいしょに置かれている。これら筒状の容器は樹木のようでもあり、並んで立たせれば林のようでもある。卓上に敷きつめられた杯は灯明ラーンプに照らされて、酒がなした水面は、ゆらゆら揺れて池のようにもみえた。
 王臣には、サートンが実質的な領袖となっている新興の国師派のほかに、宰相派が大勢おり、むしろ主流派といえばそっちだ。宰相派が無能というわけではない。だが、無意味に王の機嫌ばかりをとって肝心な執務をおろそかにする太鼓もちが少なからずおり、政務に支障をきたすことがあった。国政に致命的な打撃がないのはサートン一派が帳尻合わせをしていたことにほかならない。
 宮殿には楽士舞妓が控えている。奴隷だ。連中が全裸となり、野獣をまねて四肢で吠え跳ねる。客の王臣たちは、狂乱の宴席に歓喜し、あるいは沈痛な顔を浮かべたのである。
 玉座のユンリイが
欠伸あくびをしたとき、全裸の一団がさがっる。ナイカルが間隙をついて王の前に進み出た。
無礼講ぶれいこうでございましたな、主公わがきみ。ここで小臣ナイカルより、主公に贈り物がございます。どうかお納めくださいませ」
 ナイカルは、先日、市場で手に入れた文鳥のつがいを入れた
鳥籠とりかごを王の前にだしたのだった。少しすると雄鳥が、歌いながら軽やかなステップを踏んで、雌に求愛をしだした。
 会場は和んだ、かに思えた。すわった目をした若い王が、ささやくような、それでいてよく通る声でいった。
「文鳥は舞い歌う。ナイカル、
けいからみた寡人かじんは、鳴かず飛ばずの鳥ということか?」
「滅相もない、
主公わがきみ。誤解をお受けするようなことをした小臣の愚かさ。お許しください」
 宴席会場はユンリイ王の言葉に凍りついた。しばらくして、宰相派が、「大体にして、新参者のおまえらが出すぎたことばかりをするから、
主公しゅこうのご不興をたまわるのだ」と一斉に国師派に対して罵声を浴びせた。ユンリイ王は、席を立ち後宮に戻る際、ナイカルの横を通ったとき、「つまらぬ諫言、無礼講ゆえ今宵こよいは許す。だが次はないと思え」と命じたのだった。
   ☆
 内親王は、御料地への帰還の途上、いくつかの町を通り抜けた。ときどき隠密裏に市場で買い物をしたり、旅人の列に加わって関所の役人たちの振る舞いを監察したりした。
 関所の役人たちは、旅人たちに暗黙に
賄賂わいろを要求したり、若い娘を随行していようものなら、やたらと衣装の奥に手を突っ込んで、恐れ恥じ入る表情に黄色い声をあげ嬉々としていたのである。
 列を離れた内親王をみた木っ
こっぱ役人が、卑猥ひわいな笑みを浮かべて、「不審な動きをする女だ。こっちへ来い。俺が〝念入りに〟調べてやるぞ」と駆け寄ってくる。
(市場では納税のほかに賄賂を役人に納めなくては露店が開けず、関所ではこのあり様。変えていかなくては国が傾く)
 役人が内親王につかみかかったときのことだ。役人の横にやってきたイゾニアという名前の内親王の白象が、高く持ち上げた長い鼻を思いっきり振り下ろし、中空に弾き飛ばした。
   ☆
 ユンリイ王の
うたげは、ナイカルが諫言してからも繰り返された。そのことは宰相ガントスと執政シュナを安堵させた。
「宰相、
主公わがきみが人材を集めているという話。はじめて訊いたときは耳を疑い、われら一門を排斥する布石ではないのかと考えましたぞ」
「われらに対抗しようとする国師マギオンが裏で仕切っていたというだけのことだ。主公には初めから人材を集め、御身の身辺を固めるというご発想はないことがはっきりした。王国の版図は五千里(二千キロ)四方、国庫は穀物で満ちている。宴席での出費などさしたるものではない。政治はわれら一門に任せ、主公は宴会でもしておられればよい。政治も軍事も素人の君主が口出しても厄介なだけだ」
「宰相、もし主公が国政に口をはさんできたら?」
「執政、それを私にいわせるのか? 罪なことを」
 宰相府の西から王宮が望める。基壇に上に築かれた三層からなる王宮正殿は黄色い亙が葺かれ威容を誇っている。正殿からは音楽と歓声が鳴り止まない。二人は
一瞥いちべつするや笑みを浮かべた。
    ☆
 月の晩だ。杯に映った月はまだ満ちてはいない。酒池肉林の宴が終わりかけたとき、白衣の王臣が広間にずかずかと踏み込んで、国王の前に、どっかと腰を降ろした。珍味と余興に酔っていた王臣たちの酔いが一気に冷めた。
「サートン殿、宴の席ですぞ。死装束とは正気の沙汰か」
 偉丈夫の近習は周囲の罵倒を無視して、深々と拝礼すると、玉座にいるユンリイを正視した。
「先日、ナイカルに諫言は無用だと命じた。サートン、
けいも知っておろう?」
「もちろん承知しておりますとも。しかし黙っては折れなくなりました。主公はジーン侯国が動き出したのをご存知ないのですか。ジーンが中原の同盟国領を侵すのは必定。各国から使者が駆け込んできております」
「ジーンとのいがみ合いは二十年に及ぶ。戦とは消耗だ。大戦にはならぬ。執政シュナに一軍を預けてにらみ合いでもさせれば事足りる。そういうものだ」
「総大将ではありませんが、ジーンの軍勢には、ハーン将軍が加わっているとの報せです」  背後にいた王臣たちがざわめいた。
「ハーン将軍。甲冑を漆黒で塗装した重装歩兵部隊「黒甲兵」を率いる、あのハーンか。わが王国将兵が命を落とすときは、必ずやハーンがいる」
 サートンは続けた。
「前線の将兵は、主公の
御名おんなを叫んで戦場の土に伏すもの。ただちに宴をおやめくださいませ」
 玉座にいたユンリイは、直言を吐いた死装束の王臣をしばらくみつめてから、立ち上がり、青銅でできた巨大な斧を近侍から受け取って、サートンの前に立った。
(斬られるのか――)
 偉丈夫の近習も王臣たちも思った。だがユンリイは斧を、平伏するサートンの前に置いた。
「斧は司法の職長がもつ。サートン、卿がもつにふさわしいようだな」
 若き国王は、正殿を南口から月を見上げ、 「まだ月は満ちてはおらぬ。満つる前に動かば、傷も深くなるが」と嘆じてから、 「中原同盟諸国に
合力ごうりきする。こたびの戦、寡人かじんが陣頭に立とう」といって席から立ち上がった。
.
 ――これが
肉林王バゼホリーマと呼ばれてきたあの惰弱な王か!
.
 王臣たちは耳を疑った。
いまだ満ちぬ月が雲に隠れたとき、強烈なエナジーがユンリイから発し、王臣たちをのけぞらせるほどに圧倒した。
「風ならぬ風が吹いている。暴風といってもよい。話に訊く『威徳』とはこういうものか!」
 酒気漂った空気が払拭された宴席の隅にはナイカルがおり、そうつぶやいたのだった。
 出陣前に宮殿では、サートンたちの諫言を非難した近臣たちは粛清されて流刑となった。話を伝え訊いたファア王国国民は大いに奮い立ち、青年たちは競って国軍に身を投じ、戦車三百乗兵士三万という軍勢が北進を始めた。羽ばたきをはじめた大鳥を「
肉林王バゼホリーマ」と揶揄する者はいなくなった。これより人は、ユンリイをして、「覇王モリ・キャザディーン」と呼ぶのだ。
 草木が強い南風にゆらされていた。
 道は
中原ヨシンヌへと続く。
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