伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 序章5/ファア王国志 『フィルファ内親王』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

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cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

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序章5/ファア王国志 『フィルファ内親王』

sougenn
 「ユンリイ、また『あの方』のことを考えていたのですね?」
 黄金の髪をした貴婦人がガラス瓶から冷茶を注いでいるとき、若い王は、遠い目をしながら、首にかけたペンダントを指でもてあそんでいた。
    ☆
 広大な宮殿外苑「羽林園《アリヨシア・アリーシャ》」の鰐《わに》の群れを囲った柵の前で不思議な老人に出会ったのは先王の時代である。十数年前のことだ。王太子であったユンリイが鰐を眺めていると、その人がやってきて、首にかけた呼子笛《よびこぶえ》を鳴らした。笛の音色は、ざらついた音で、がらがら、と鳴った。少年が不思議そうな顔をしていると、鰐が池から上陸して柵に寄ってきた。
 老人は聞き慣れない異国の言葉で、やさしく鰐たちに何事か告げ、それからまた不思議な呼子を鳴らした。するとどうだろう、鰐たちは水中に潜り、鼻孔だけをだしている。
「どうして、自在に鰐が操れるの?」
「習性を利用しているのです。人にも習性があり、習性を知れば自在に人を操れます。もっとも、『情け』をかけてやらないと、心から従うことはありませんが」
 老人は笑い、話しを続けた。
「呼子のはじめの音は鰐の子供が大人に助けを呼ぶ音をだしました。次に、子供が母親にあまえる音をだしたのです。大人の鰐たちは安心して池に戻ったというわけです」
「ふうん」
 呼び子笛は瑪瑙《めのう》を削ってつくったものだ。老人はもともと、竜御師《ダギリナ・メリック》という、皇帝が飼っている鰐の飼育をする家系だったのだと話した。 
 宴の席でユンリイは老人の素性を知らされた。老人の名はハーン。中原《ヨシンヌ》を挟んだ向こう側にあるファン王国北方にあるジーン侯国大使である。大使とはいっても本来は将領だ。
 ファア王国が南方で覇王と呼ばれているように、ジーン王国は北方で覇者と呼ばれていた。中原諸国をどちらの傘下におくかで、両国は二十年にわたり抗争を繰り返してきた。そして国力が疲弊すると休戦し、互いに使節を出し合って、捕虜になった将兵を引き取りにくるのだ。 
 王国の人々がハーンの名を知るのは、これが最初であり、後年、誰もが、「王都エイに赴いたあのときに殺してさえおけば……」と悔やむことになるのだった。

 黄金の髪をした 貴婦人は青年王に、「贈り物があります」と告げた。
「贈り物?」
 壮年の男だ。鍛冶職人の棟梁で名前はハダドという。青銅は高価であるため、優先的に貴族達の武器に回される。庶民たちは、青銅の代わりに、太古以来の、石や貝でできた鋤鍬《すきくわ》を使っていたのだ。
「鉄というものをご存じ?」
「最近庶民の間で流行しだした安物の金属ですね」
「そう、その安物の金属を改良させています。ハダドが鉄を量産できれば国力は間違いなく上がることでしょう」
 藤椅子に座っていたユンリイは、立ち上がって、自らの席を譲ろうとしたが、姉は微笑みながら断った。その場を離れようとした彼女にユンリイはいった。
「姉上、民はどうしております?」 
「流民が増えました。関所も増えて行き交う商人たちが不平をもらしています。ユンリイ、愚者のふるまいはいつまで?」
「そうですね、月が満ちるまでとしておきましょう」
「『あの方』ハーン将軍の祖国ジーン侯国では、いま、内乱が起きております。ですが内乱はほどなく鎮まることでしょう。ジーンの国民は『あの方』が一刻も早く宰相になることを望んでいる。急ぐべきです。『あの方』が宰相になる前に、王国をまとめねばなりません」
 貴婦人はそう告げた。ほどなく森から文鳥が飛んできて肩にとまる。つぎに尾長、孔雀までやってきた。さらには、しげみを大きく揺らして「羽林園《アリヨシア・アリーシャ》」の主のところまで歩いてきた。
 離れていたところにいた近習サートンが叫んだ。
「危ない。老虎だ。ナイカル、貴婦人を助けに行くぞ」
「あれ?」
 佩剣《はいけん》を抜きかけたナイカルが素っ頓狂な声をあげた。
 虎は貴婦人の横におとなしく寝そべったではないか。羽林園の住人たちは、姉弟が好きならしい。姉は特に愛されている。ユンリイ王は、(妬ける)とつぶやき、ふっ、と小さく笑った。
   ☆
 途中、宰相ガントスと取り巻きたちとすれ違った。
「ご機嫌よう、内親王殿下。老虎にまでも慕われるご人徳。あなた様が男子であらせましたら、さぞかし歴史に名を残す偉大なる帝王になられたことでしょう。残念なことです」
 宰相の横には偉丈夫の武人がいた。執政の肩書きをもつ宰相の従弟シュナである。執政とは国防大臣を意味する。
「ご機嫌よう、宰相閣下。それに執政閣下。褒め言葉に感謝します。けれども私は女子として生まれたことをむしろ誇りに思っております」
「そういう慎み深さと気高さ。ゆえに内親王殿下を慕う人民は多うございます。まことに殿下あってこそのファア王国」
「いえ、ユンリイ王あってこそのファア王国。いまに判ります」
「はい十分承知しておりますとも」
「大臣二人がうやうやしく貴婦人に一礼をした」
 二人は目を合わせ冷や汗を額ににじませながら、(内親王が男子でなくてよかった)と思うのだった。
 内親王と呼ばれた女性は、老虎一頭に送られて、何事もなかったかのように宮殿に消えていく。
   ☆
 宰相と将軍が王のところに歩いていく。少し離れているところにいたナイカルが、サートンにいった。
「王姉フィファルファ内親王殿下。噂に訊いたことがありますよ。『澄みきった瞳は水晶のように人の心を見透かし、冴えた耳は万人の声を聞き分ける』と」
「フィファルファ内親王──あの貴婦人がそうか……」
 サートンは麗人が消えたほうを今一度振り返った。まだ夕暮れには間がある。そんな夏の陽射しのなかだった。
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