伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第5回/ジーン侯国志
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第5回/ジーン侯国志

 ジーン侯国は、ズウ帝国初代皇帝ハーメスから分かれた血筋ある。初代大公をバッポウフェレといい第二十代大公がウエンで「覇者」の称号を得た英傑である。ウエンから数えて三代目がネェジェラだ。 父親が早世したので十歳で即位することになった青年君主は、人格形成が不十分なまま玉座に座る。もちろん統治能力などないから大臣たちに任せっきりだ。それでいて、権勢ばかりはみせつけたがるのだが、あまり相手にされない。憂さ晴らしに、鐘楼に上って、道行く人に石を投げては喜び。料理がまずいといっては調理人を斬り殺させたりした。これでは人臣が離れてしまう。この国の大臣は六人いる。その一人ショジャーラが諌言すると、大公は自らの佩刀で斬り殺してしまった。
 大臣の弟ボサーラも大臣の一人だった。大臣は将軍でもある。数日後には、麾下の軍隊を都城エイに突入させ、占領して、ネェジェラ公を素っ裸にして磔にし、大斧で胴斬りにしてしまった。国権を握ったボサーラ将軍は、公族の中から協力的な者を選んで公位につけようとしたのだが、大公への仕打ちの苛烈さに恐れおののいて、皆逃げてしまった。まっとうな大臣たちも外国に亡命してしまった。将軍は自ら号して大公になる度胸はなく、一門を捜索させていた。「ボサーラの乱」という。
 ハーンは、大公に殺された大臣ショジャーラ付の武官であった。ボサーラは、「ハーンに大臣の席を一つやるから馳せ参じよ」という親書をしたため、屋敷に使者を送ったのだが、すでに彼は都城から離れ、辺境に逃れたのだった。
   ☆
 ワプウ川南岸沿いの街道だ。湿原が続いているところには島のような高台が多数あり、高台を結ぶようにして石積みの道路が地平線の彼方へ続いていた。そろそろ夕暮れとなる。街道沿いの高台には、三十里(十二キロ)ごとに隊商宿が置かれている。街道では、馬車や牛車、それに手押しの荷車とたまにすれ違う。ラバイの田舎町を出た、公臣ハーンと、ラバイ卿家臣クイントスの二人が、徒歩でそこを歩いていた。
「公女を大公に就けるというのか? 前例がない。陳腐な話だ」
 街道を行く背の高いハーンがつぶやくと、横を歩くクイントスが、「公女の名前は?」と訊いた。ハーンは、「ネェジェラ公の従姉君、アズキャラズ殿下であろう」と先ほど彼女から貰った指輪をみた。
 指輪は銀製で、翼竜の紋様が彫ってある。脚がやたらに長く翼は前脚のところから生えた格好だ。双眼のところには、きわめて小さな宝石が埋め込まれていた。おそらくはダイヤであろう。『応龍《スナーハ・ダギリナ》』と呼ばれているもので、ズウ帝国皇統とそこから分かれた諸侯以外は使用を認められてはいない。
「ハーン殿、指輪が――」
 目が紅い閃光を放っている。そこへ、土煙を上げながら、船着場方向から街道に沿って馬二頭立ての戦車一乗が駆け寄ってきたかと思いきや、いきなり弓矢をいこんできた。二人は街路樹の幹の裏に身を隠す。戦車は向きを変えて再びこちらに走ってくる。ハーンは握っていた指輪を利き手である左手の薬指にはめた。すると今度は閃光が紅から青に色を変えた。
 戦車には、御者と戦士二人が乗っている。甲冑を身に着けている。山賊にしては髭の手入れもいい。士族だ。それもジーン侯国の者であろう。そのうちの一人が戦車を降り、剣を鞘に収めたままハーンたちのところに近づいてきた。ハーンが目配せしたので、クイントスともども剣を鞘に納める。
「指輪をよこせ?」
「分けありだな?」
「そういうことだ。大人しく渡せば危害は加えない」
「ならば、面倒はごめんだ」
 ハーンが指輪を外して渡そうとした、ところで、男は鞘を抜いた。クイントスが、「あっ!」と叫んだ。加勢する間もない。だがハーンの抜刀は相手よりも素早い。片手袈裟懸けに斬り倒した。ハーンはそのまま戦車まで走り出す。戦車にいた残り二人は仰天した顔だ。御者が馬を走らせようとしたのだが、戦車というやつは、走り出せば速度が出るのだが、走り出しの助走に手間取るのだ。その隙に、戦車の台座に飛び乗った。あまりに至近距離なので、弓手は射ることができず斬り倒され、街道に転げ落ちた。佩剣が御者の首筋にてられた。
 ハーンが、クイントスに、「乗れ」と手招きしたので、相棒がひらりと荷台に跳び乗った。
「おまえはわれらの捕虜になった。質問に答えてもらおう。指輪のありかをなぜ知った?」 御者は眼を白黒させながら答えた。
「『応龍《スナーハ・ダギリナ》』の指輪は、二里(八十メートル)以内に近寄ると互いに反応し、眼から閃光を放つ仕掛けがある。理屈は判らぬ。」
 御者は片手に手綱をもったまま、自らが指にはめていた指輪を外し、ハーンの相棒クイントスに渡した。
「指輪を回収しているようだが、何か意味があるのか?」
「ボサーラ卿のお考えだ。理由は判らぬ。命に従ったまでだ」
「この指輪本来の持ち主はアズキャラズ殿下だ。居場所を知っているな? 案内しろ」
 御者は命じられるままに、元来た方向に戦車を転じて走り出させた。昼間格闘した船着き場の横を抜け、そこからさらに東へ十里(四キロ)抜けたところにある隊商宿に馬がが停まった。隊商宿には商人の荷駄はなく、代わりに戦車二乗が、先客として待ち受けており、こちらの戦車の音に気づいて、窓から矢を放ってきた。すかさずハーンが御者を盾にした。クイントスはハーンの後ろにいる。二人は目配せし合った。矢が刺さった御者の遺体をうち捨てて、二人は宿のドアを蹴破って内部に斬り込む。
 六人の男たちが陣取っていた。
「ち、楽しんでいたのによ」
 隊商宿は切石を積んだ小屋で、浴室、馬草を積んだ小屋なんかがある。窓の奥には庭の植え込みがあり、ブナの木には、首をつるされた姫君の従者たちが並んでいた。
「おまえたちも仲間にいれてやる」
 ジーンの戦士たちが二人をとり囲もうとする。すると、クイントスが腰に下げていた革袋の紐を引きちぎって、中身を相手にぶちまけた。目つぶしの灰だ。その間にハーンは六人を瞬く間に斬り倒してしまった。宙に舞うように、回転しながら右手の長剣を繰り出し、撃ちもした敵は、左手に持った短剣で確実に仕留める。近衛兵士官にしかできない芸当だった。 螺旋斬り《ハラゾニー》という。
 公女は奥の部屋にいた。裸にされ、四肢を拡げた格好で、寝台に縛り付けられている。舌を噛んで自死できぬよう、さるぐつわまでかまされている。慰みものにされていたのは一目瞭然だ。後方にいたクイントスには、「来るな」と叫んで入室させず、自らは、目を閉じてハーンは外套をその人に投げかけた。
「アズキャラズ殿下、お気を確かに。これからはおそばをはなれませぬ」
 ハーンがそばによると、その人は泣きながら肩にしがみついてきた。
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