伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第13回/伯爵令嬢シナモン『容疑者竹久夢二』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第13回/伯爵令嬢シナモン『容疑者竹久夢二』

Lady Cinnamon Part ‐Ⅳ
,Age 18, In 1929
伯爵令嬢シナモン
『容疑者竹久夢二』


 竹久夢二「宵待草」 
.
 待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 
 今宵は月も出ぬさうな
.
 拘置所の独房にいた細面をした詩人は、格子のついた高窓から空を見上げていた。少し蒸した夜で高窓から月がみえた。夢二は、淫売のような、ある種の妖気を、女性に求めた。東京の早稲田鶴巻町に店を構える絵葉書屋の未亡人には、宙を見上げるような眼差しに、淫らさをみつけることができる。詩人はごく当然のごとく熱を上げた。路面電車を途中下車し店に寄る。平日は半年も通いつめた。
 未亡人が落ちたのは彼が片肩に背負った楽器ケースをみたからだった。マンドリンが入っているのは判っている。だが客との語らいの都合上、知っていても、「それはなんですか?」と訊いてやるのが暗黙のマナーというものだ。そうなれば、「弾いてください」という運びとなる。彼女の前夫は中央画壇にあった画家であった。
 痩せっぽっちで丸眼鏡をかけた細面の画家は、得意の曲を奏ではじめた。男にしては長く伸びた繊細な指。細やかに蠢動する。なんと官能的なのだろう、
逢瀬おうせの技に酷似していた。ふるふる、とゆらめく弦。口の中に唾液が溢れてきた。マンドリンをケースにしまいながら、「素敵な洋食屋さんをみつけたのです。一人でゆくのも寂しいですし、今度、ご一緒して頂けませんか?」と切り出した。未亡人は、顔を真っ赤にして小さくうなづいた。その人の名はたまきである。
 奔放な画家を、年上の彼女は愛し、幾度となく別居・復縁を繰り返し、最終的には離婚した。この間に幾人かの女性と巡りあい、やはり逢瀬・同棲・破局を繰り返している。
 『宵待ち草』のマドンナのモデルは、和歌山県出身である
カタ
という少女とされる。ある夏、妻たまきを伴いそこを訪れていた房総半島犬吠崎の旅館に逗留していたとき、旅館の隣にあった家に、娘の両親が住んでおり、彼女が訪ねてきた。散歩のとき夢二は彼女と挨拶を交わし立ち話をしたのが縁となり二人は一夏の恋に落ち逢瀬を重ねる。季節はほどなく秋になり、「翌年、また会おう」といって二人は別れる。
 二人の仲を知った賢の父が娘の結婚を急がせた。翌年、たまきと破局した夢二が同地を訪れたときには彼女の姿はなく失恋を知り。思いを託したのがこの詩だというのが定説である。
 異説もある。詩の中にある「待てど暮らせど来ぬ人」とは、一九一〇年に起きた明治天皇暗殺未遂事件「大逆事件」で無実の罪で処刑され生命を落とした友人たちだともいうものだ。
  ✩
 獄中で、マンドリンを片手にした夢二は曲をつけて唄った。詩が作られたのは、笠井ヒコノという女性と同棲している時期だ。東京に店を構える富商の娘で画学生だった。彼の絵に魅了され、彼の営む「港屋絵草子店」で絵を習いたいくて参りました。と勢い暖簾をくぐったとこで、容姿端麗な夢二と目が合いすかり惚れこんでしまい男女の仲となった。
 妻たまきと離婚した夢二は、京都に居を移し彼女も後を追って同棲した。生来度に彷徨う詩人が京都で長旅にでると、彦乃は捨てられるのではないかと不安になり、無理して後を追った。これが祟って結核となり、二十四歳の若さで亡くなる。死の際、父親が怒って娘を東京に連れ戻すのだが、詩人に看取ることを許さなかった。彦乃は夢二最愛の女性で、彼は久しく廃人同然となったという。
 後も数々の浮名を流した夢路だが、亡くした彦乃を最も愛した。作品は彼女の運命を予言したように思えてならない。
 
  ✩
 翌日、「軍艦島」でおきた事件の所轄、高崎警察署にふたたびシナモンの一行が足を運んだ。拘置室の前までドロシー博士が同行し、他の連中は玄関口待合室に陣取っていた。
 ドロシーは、前回、夢二に平手打ちを食らわせているので、萎縮して事情聴取に支障がでるものと判断し、シナモンに対応をまかせ、自身は少し離れた通路に控えていることにした。
 のぞき窓のむこうにいる画家はB5サイズのスケッチブックに鉛筆でなにかを描いていて、こちらには気づかない。心なしか以前よりやつれているように思われる。
 重厚な扉が開くと、白いドレスの若い貴婦人があらわれ、蓮花を囚人にさしだした。蓮花は忠崇卿から贈られたものだ。
「夢二さん」
 うつろな目をした痩せた男が顔をあげると、花を受け取ってから、ようやく思い出したかのように、笑みを浮かべたのだった。
「僕の無実は証明できそうですか?」
「はい、順調です。ただ決定的な証言か物証が必用です」
 シナモンはさらに続けた。
「『高崎の老人』と呼ばれる隼人という方をご存じですか?」 
 シナモンは、これまで知り得た情報を夢二に説明した。 
「隻眼の老人ですね……地元では知らない人はいませんよ。街を歩いているのをみかけたことがあるくらいで、お付き合いはないし、恨まれるようなこともないですよ」  
「林忠崇卿は?」
 夢二はまた首を横に振った。
「では、殺された黒岩梅様のご家族の方についてです」
 シナモンは、ドロシーが入手した黒岩梅の戸籍謄本を夢二にみせた。
「梅様は前橋藩藩士の孫娘です。幕末に徳川家存続のために蜂起した遊撃隊に参加なされています。梅様は私生児でした。御父君をご存じですか?」
「梅の実父ですか――」
 夢二は、拘置室の天上をしばらくみてから答えた。
大和屋太やまとやふととだか。たしか妹も。子供のときに養女にだされてそのまま生き別れになった。菊とかいう……」
 黄金の髪をした若い貴婦人の瞳の奥に、鉱物質の閃くものがあった。そう、サファイアのような冴えた輝きだ。
 大和屋太――警察署待合室に控えていたシナモンの取り巻きの中にいた佐藤が知っていた。先日、東京で暗殺された麻薬王である。
 菊は、「高崎の老人」隼人のところの女郎だ。車夫豆吉こと吉之助と逃亡中ということになっている。
 拳銃で馬の商標があるのはアメリカ、コルト社の製品だ。「M1908.ポケット25」はコルト社最小の拳銃だ。25口径、弾丸は六発。使用弾丸は25ACPといい、火薬量が少なく殺傷力は低いため、護身用に適している。黒光りした銃身には、シリアル番号が刻印され、文字をつる草の黄金意匠が囲っていて美麗だ。
 ホテルとは名ばかりで実質は旅館だ。帳場がカウンターになっただけのことではないか。ロビーは板敷きで、スリッパを履くことになっている。客室は和室だ。扉に鍵がついているため、一応、プライバシーが保てるようになっているという点だけは、ふつうの旅館とは違う。実家が前橋にある朔太郎兄妹以外のレディー・シナモンの一行は、高崎のホテルに泊まった。 
 夜遅く、伯爵家家宰ウルフレザーが、執事ドロシー・ブレイヤー博士の部屋を訪ねた。「使わずにすむといいのですが----」
「そうですね。でも、備えは重要ですよ」
 博士は、家宰がいても、かまわず銃の手入れを続けた。
 「高崎の老人」こと隼人をして、「アメリカの女侍」といわしめさせたドロシー博士は、ポケットサイズの拳銃を化粧ケースに収め、ケースをさらにショルダーバックにいれて持ち歩いている。
 少しして、扉がノックされた。廊下から番頭が声をかけてきた。
「あのお、ドロシー様、お電話ですよ」
「誰から?」
「オットー・スコルツェニー様と名乗られましたが……」
 ――スコルツェニー?
 博士と家宰が顔を見合わせた。
 二階の客室から降りると、電球一個だけが一階カウンターを照らしているのが目にはいる。電話はカウンターにあるものが唯一だ。
 ドロシーが受話器をとると、一緒にきた家宰はロビーに腰をおろし、気を利かした番頭が席を外した。
「ご機嫌いかがドロシーさん?」
「ミスター・スコルツェニー、ご用件は?」
「忠告です。前橋憲兵分隊が動き出しますよ。もうこのへんで夢二氏に関わるのはおよしなさい」
「憲兵? 民間での殺人事件ではないですか? なぜ軍が?」
 受話器の向こう側の青年が失笑した。
「ドロシーさん、だってあなたは、アメリカ陸軍参謀本部の
代理人エージェントじゃないですか。考古学者と、イギリス名門伯爵家執事の肩書きを、隠れミノにしていますけれどね。日本当局だってボンクラばかりではないのですよ」
「詳しいですね、ミスター・スコルツェニー。さしずめあなたも、どこぞの国の代理人。ご親切ついでにうかがいますよ。……しがない画家の殺人事件に、憲兵が動く、という背景。なにより、私たちに忠告する理由を教えてほしいところですね」
「背景? そんなあ。ははは、人が悪いなあ。職務上いえるわけないでしょう。……忠告の理由ですか? 単純ですよ、レディー・シナモンのファンだからです」
 通話はそこで途切れた。受話器を置いたドロシーは、様子をうかがっている家宰に首をすくめてみせた。
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1930年前後の歴史推理小説 シナモンと素敵な旅をどうぞ

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