伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第11回/伯爵令嬢シナモン『容疑者竹久夢二』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第11回/伯爵令嬢シナモン『容疑者竹久夢二』


Lady Cinnamon Part ‐Ⅳ
,Age 18, In 1929
伯爵令嬢シナモン
『容疑者竹久夢二』
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    第2章 大名戦士
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 榛名山山頂には、カルデラ湖の榛名湖がある。白樺で囲まれ、砂浜となった湖畔に臨んで、いくつかの山荘が建ち並んでおり、その一つにシナモンたちは宿泊した。ドロシー博士や家宰たちが集めた情報を若い貴婦人はノートにまとめてみた。事件関係者はある人物に共通して関連してくることが判った。
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 ――請西じょうざい藩元藩主・林忠崇はやしただたか
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 林忠崇という人物は、上総国の小大名である。「いずれは幕閣に」と嘱望されていた人物で、戊辰戦争では藩士八十名中七十名とともに脱藩した。旗本御家人からなる遊撃隊と合流し、新遊撃隊を結成。関東から奥州を転戦した。戊辰戦争では、前線指揮官として兵卒とともに戦場を駆けめぐった唯一の大名戦士だ。一時期は賊軍あがりとして、明治政府から士族に降格薄遇された。現在は、名誉を回復し、無爵ながら華族に列せられている。八十歳の長寿である。
 まず、失踪した車夫まめ吉こと吉之助は請西藩の奉行の孫だ。
 「高崎の老人」こと隼人は、前橋藩士であったが、戊辰戦争では、脱藩して新遊撃隊に合流している。
 黒岩梅と女郎の菊は、遊撃隊に加わった武士の孫娘にあたる。
 シナモンの一行が榛名湖を訪れたのには理由があった。問題の林忠崇が、毎年、今頃の季節になると榛名湖の山荘の一つを訪れているという話を訊いたからだった。忠崇の滞在している山荘は「高崎の老人」の所有となっている。黄金の髪の貴婦人たちは、翌朝、忠崇が滞在している山荘に向かった。
 榛名山はるなさん山頂には、カルデラ湖の榛名湖がある。白樺で囲まれ、砂浜となった湖畔に臨んで、いくつかの山荘が建ち並んでおり、その一つにシナモンたちは宿泊した。
 黄金の髪の貴婦人は、鋭い目をした「高崎の老人」隼人を目で追った。皆をヨットに乗せ、器用に操った。それは白波をたてて榛名湖の中ほどに走っていく。青い横線が入った高い三角帆、船体も白い。十人乗りの少し大きな船だ。
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 ――エンジン付きではないけれど、この人は舟を操舵できる。
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 下流で殺害した黒岩梅の遺体を、エンジン付きの舟に乗せて、「軍艦島」に運び、川原から強靱な体力で上まで運びあげる。隼人の年齢だけきけば警察とて、考えの及ぶところではあるまい。
 シナモンはそう思った。「高崎の老人」は、意にも介さぬ様子だ。
 もう一人の老人林忠崇卿は遠い目をして、「長崎丸を思い出すのお」とつぶやいた。
 近くにいた佐藤は、ほお、とつぶやいた。
 長崎丸は、旧幕府海軍に所属したスクーナー型三本マストの鉄製蒸気船で、輸送船であった。スクーナーとは縦帆の船のことで、ヨットのようにも見えなくもない。 旧幕府の海将榎本武揚は、三隻からなる艦隊を派遣し、小田原で戦っていた林忠崇ら率いる遊撃隊士百名を三隻のうちの一隻である長崎丸に収容すると、奥州の小名浜に上陸させた。
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 記者のはしくれである佐藤は、最後の大名である林忠崇卿の戊辰戦争武勇伝は承知しており、戊辰戦争の昔日に思いをはせたのだった。
 湖というのは波がないようで、対流もあれば風も吹く。桟橋を離れたヨットは、水面みなもを斬って瞬く間に湖の中央に滑り出していいく。
 避暑地におけるクルージングの爽快さから、シナモンに随行した人々は緊張をゆるませていたなかにあって、ドロシーだけは警戒を緩めなかった。サングラスで隠した双眼で、ヨットを操る「高崎の老人」と、忠崇卿の動きをずっと追いかけている。
 ドロシーに守られたシナモンは、突然吹いた強風で帽子が飛びそうになるのをどうにか両手でおさえた。
 佐藤が、ヨットの舵輪をとる隼人老人と忠崇卿にむかってきいた。
「林様、遊撃隊のお話などきかせてくださると幸いです。林様お若いことの武勇伝は、記者仲間から少しきいたことがあります」
「酔狂なことよ」
 忠崇卿はまた遠い目をした。

 奥州の最南端に磐城国いわきこくというところがある。現在の福島県いわき市付近一帯にあたる。七つの浜があり、そこの一つに小名浜おなはまという比較的新しく開かれた港があった。入り江には藤原川が注ぎ込み、大小の船が河口に停泊していた。
 遊撃隊士が、船着き場に降りてみると、どこの港にでもある代官所と町屋がある。ただ少し違うのは、ここに集う荷車やら荷船には石炭が満載されているということであった。石炭は、港の後背を南北に縦断する阿武隈山地の麓に炭層露頭が点在する常磐炭田から集められてきたものだ。
 忠崇一行には黒く輝く化石燃料の集積は異様なものに映った。艦隊が帰航した理由は、この石炭の補給が目的だったのだ。
 若い大名が隼人に微笑んだ。
「隊士たちをようやく休めさせることができる」
「小田原以来、合戦ずくめだったからな」
 遊撃隊が、小名浜おなはま代官所にあがりこんで休息していると、一騎の侍が駆けてきて口上を述べた。
「精鋭の誉れ高き遊撃隊の皆様が小名浜にご来航なされたとうかがい参上いたしました。できますれば奥羽列藩同盟の戦線に合力していただかんことを願います。同盟は、ささやかながら皆様に宴の場をご用意いたしました。ぜひともわれらが杯をおうけくださいませ」
 宴の場所は、小名浜から二里ほど西にいった湯本温泉郷で、そこの新瀧しんたきという旅籠が忠崇の陣屋となった。湯に浸かり、芸者の三味線に酔って、朝、目ざめた。そこに、
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 ――官賊かんぞくが常陸国北端の港・平潟ひらかたを奪いました。敵に輸送拠点を与えるのは致命傷。奪還せねばなりません。遊撃隊の皆様、早速で申し訳ございませんがご出陣願います。
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 とまた同盟から使者がやってきて口上を述べた。後にいう「戊辰磐城ぼしんいわき戦争」の勃発である。このとき、林忠祟十九歳。色白細面の青年が、藩士七十名を率いて戊辰戦争に参加。前線で、自ら白刃をおかした唯一の大名となった。知る人ぞ知る戊辰戦争の一つである。

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