伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第5回/伯爵令嬢シナモン『容疑者竹久夢二』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第5回/伯爵令嬢シナモン『容疑者竹久夢二』


第5回/伯爵令嬢シナモン『容疑者竹久夢二』

Lady Cinnamon Part ‐Ⅳ
,Age 18, In 1929
伯爵令嬢シナモン
『容疑者竹久夢二』


 上野駅から高崎駅行きの列車に飛び乗った雑誌『東京倶楽部』の記者とカメラマンである佐藤と中居は、高崎駅から前橋行きに乗り換えた。途中、ホームで駅弁「たかべん」の売り子から、おにぎりとお茶を買い、車内でかきこむように食べた。
 機関車は国産のC51型である。これが登場する以前は外国から購入することが多かったが、「SL黄金時代」と呼ばれるその頃から国産機関車が量産されていた。列車は左手に夕陽に映える観音山丘陵を眺めながら前橋へと走っていく。
「先輩、姫様、近くにいるんですね……」
「……」 
 握り飯を片手に中居は、佐藤の胸に手を当ててみた。
.
  ドックンドックン……。
.
「すげええっ、先輩の心臓すげええっ!」
 二人は夕食を高崎駅で途中下車してとった。
群馬県は関東平野の北端にあり、群馬県南西部にあるのが高崎市である。高崎城址には陸軍の連隊駐屯地が置かれ、市街地はそこから東に位置する国鉄高崎駅との狭間にあった。市街地中央には、中山道が、南北を縦断しており、路面電車は通りの真ん中を走っている。大正九年創業の洋食屋栄寿亭は、路面電車の路線沿いにたたずんでいた。
 栄寿亭は、洒落っ気とは縁遠い店だ。厨房に望んだカウンターがあるだけでテーブル席などない。昼時、店に入った、雑誌『東京倶楽部』の記者佐藤とカメラマンの中居は、カウンターの最も奥に座っている外国人たちに眼がいった。小声で話し合う。
「先輩、連中、ドイツ語と英語をつかってますね。男三人がドイツ人もしくはオーストリー人、女が中国人のようですよ」
「ドイツ語圏の連中だな。もしかして、あれが噂のスコルツェニーか?」
「またまた先輩、勘ぐりすぎですよ。だいたい、スコルツェニーが、なんで日本にいるんすか?しかもここは片田舎の群馬県ですよ」
 佐藤と中居は、独英の言葉を理解はしているが、離れた席であり何をいっているのかよく訊きとれないでいた。言葉が訊きとれない要因はほかにもあった。佐藤たちと中居たちの中間に陣取っている兄妹の存在である。まだ年若い。妹のほうは普通だが、問題なのは、黙っていれば貴公子然としている兄のほうだった。
「兄さん、後生だから、ここで、それやるのやめて」
「私は、怪盗伊達猫ダンディー・キャッツ、猫町の大泥棒。名探偵愛子あいこ君、さあ、剣を抜いて勝負したまえ」
 妹は箸を剣にみたてて振り落としてきたところを、手慣れた調子で、「にゃあ!」と受けた。
 佐藤は、首をかしげて、
「この兄妹、どこかでみたことがある。あっ、そうだ。思い出した。萩原朔太郎先生と、妹の愛子さんじゃないか!」
「朔太郎先生って誰すっか、先輩?」
「詩人だよ。わが社の雑誌にも作品を掲載したことがある。もっとも俺が担当したわけじゃないけれどな」
「物覚えいいっすね、先輩。尊敬しちゃうなあ」
「なんか、おまえが褒めると嫌味なんだよ」
 萩原朔太郎は群馬県の開業医の家に生まれた。詩人であるが、熱烈な探偵小説ファンであった。朔太郎が怪盗伊達猫ダンディー・キャッツといって妹と箸で立ち回りをしていたのはそこにあるようだ。外国人の男女四人は、食事代を支払うと、店を出てすぐにやってきた路面電車に飛び乗って行ってしまった。佐藤たちは横目で背中を追ったが、怪しい奴らだ、と感じただけで、とくに追いかけるほどの理由もない。
詩人たちも退席しようとしていたので、挨拶し名詞を渡したのだった。兄妹二人が店を出て行くと、佐藤が中居にいった。
「『猫町』って小説がある。二十頁くらいの内容だ。たぶん、そのあたりから持ち出し、じゃれているんだろう」
「『猫町』? なんすか、それ?」
「欧州で『ダダイズム』というのが流行っている。一般論的な作風を嫌った、というか形式とかレイアウトを壊したつくりで、世間の常識すら否定するものだ。幻想文学に近いところだな」
「へえ、面白そうですね。どんな内容っすか?」
「ほんとうに、なにも知らねえ奴だなあ」
 そういった佐藤は嬉しそうに話を続けた。
「モルヒネ中毒患者にして詩人である主人公「私」は、医者の薦めもあって、気分転換の散歩が日課だった。旅行好きな詩人は、北越のある温泉旅館に滞在し、彷徨の散歩をして、ひなびた集落に迷い込みます。ところが集落には人がおらず、おびただしい猫だけが住んでいて、主人公「私」は、パニックにおちいりながら、現実世界に逃げかえったという展開というわけだ」
「ねっ、猫だあっ。猫だらけじゃあっ! ――ってわけっすね。
「そういうことだ。けっきょくのところ、麻薬中毒の後遺症が治りきっていないために起きた幻覚症状らしいのだが、そこで詩人は考える。『幻覚と現実、どちらが真実か?』 中国に、胡蝶になった夢をみた人の故事がある。『胡蝶と人間、どっちが夢をみている自分なのか?』ってオチだ」
  ☆
 前橋駅に着いた頃にはすっかり暗くなっていた。二人は市電に乗り換え宿泊を予定している油屋旅館にむかった。油屋旅館はどこにでもある普通の旅館であるが、昔日、外交官アーネスト・サトウ卿が宿泊し、ここを基地にして群馬県の古墳調査をしたことで名前が知られている。
(姫様もここに宿泊するはずに違いない) 佐藤はそう考えた。だが、宿の番頭にシナモンの所在をきくと、「来ていないと答えた。番頭の言葉に二人は顔を見合わせ慌てた。
「やっべえっ。これじゃすれ違いですよ、先輩」
「姫様のことだ、きっと、明日また古墳を見に行かれるだろう」
「そおっすね、先輩。もう遅くなりましたし、予定通り今夜はここに泊まることにしましょう」
 二人は、女将に部屋に通された。料理とエビスビールを注文してから浴衣に着替え、待つ間に、大使館で借りた資料に目を通した。
「姫様の『トリスタンとイゾルテ』、観てみたかったなあ。姫様が、宝塚とか松竹とかの歌劇団で公演したら、スーパースター間違いなしですねきっと……」
「なにをいいだすかと思えば中居──当然だ」
 中居がそこで、佐藤が開いたファイルに目をやった。
「しっかし先輩──飛行船じゃ、ただ可愛いだけじゃなくて凛としたところがありましたが、こういうところからきてるんですねえ、姫様って。えらい修羅場をくぐり抜けてきたんだあ……十三歳ですよ」
「しっ、刺客の野郎、俺の姫様に銃口を向けるたあ八つ裂きにしてやるうっ……スコルツェニーの野郎も何考えているんだあっ!」
「どおっどおっどおっ、先輩、五年前のことですから……ファイルを投げ飛ばさないでください。大使館の人に怒られちゃいますよ」 
そこへ、ビール六本を収めた把手つきの木箱を手にした女将が入ってきたので、佐藤は、こほん、と咳払いをしてからファイルを卓上に置いた。女将は、「すぐ、お料理のほうもお持ちいたしますからね」といって退室の際に、くすくす、笑った。
  ☆
 翌日。油屋旅館をでた佐藤と中居はタクシーをひろった。タクシーは桑畑の広がる田舎道を走って古墳のある場所へとむかったのだった。佐藤の隣にいた中居は、
「先輩、姫様への取材内容は大丈夫ですよね?」
 ときいているのだが、佐藤はがちがちになって上の空になっていた。中居はあきれ顔で、「せっ、先輩、リラックスですよ、リラックス」
 といってそっと佐藤の胸に手をのばした。
.
 どきどきどき……。
.
「最後の手段──先輩……僕を姫様だと思って練習してください。いきますよ──お久しぶりですね佐藤様、再開できて光栄です。さあ先輩、どうぞ……」 
「あっ、先輩、泡をふかないでください。気絶するなら取材の後ですよおっ!」
 やがてタクシーが到着し、二人のジャーナリストが魅入られたように桑畑のなかの小道を駆け出した。桑畑のなかには幾つかの古墳が存在しており、黄金の髪を後に結った若い貴婦人が古墳の谷間に立ってスケッチをしていた。
 肩で息をした二人が、「姫様」と声をかけると、その人は振り返って変わらぬ笑みを浮かべたのだった。
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