伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第10回/伯爵令嬢シナモン 『飛行船の殺人』第2章1
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第10回/伯爵令嬢シナモン 『飛行船の殺人』第2章1


 青年が船長室をノックすると、ドアが開き船長が大げさに出迎えた。
「やあやあ、お待ちしておりましたぞ、皆さん!」
 船長室には、事務机、書棚、それにソファーとテーブルが置かれている。やはり内部は黄色い壁で、黒く塗られた家具類は曲線的なフレームを多用し、さりげなくS字意匠が入っている。ミシェルが退室すると、船長は客たちに椅子を勧めた。
 テーブル上には、銀ポット、ウエッジウッドの金縁ティーカップ、それに厚切りされたチーズを盛った皿があった。
 部屋の主は、自ら銀ポットを手にして客たちのティーカップに注ぎだした。
「中国人に教わりました。こうしてポットを高くしたり低くしたりして空気を混ぜてやるのです。いっそう美味しくなりますぞ。まあ茶うけのチーズでも……」
「ほう、スチルトン。ラプサンスーチョンに合いますな」
 博士は、船長が奨めたチーズを一切れ口にした。
 隣に座ったシナモンが続けた。
「この紅茶、こくがあってエキゾチックな香りがしていますね」
 記者とカメラマンは若い貴婦人の合い向かいに腰掛けている。中居が佐藤に小声で訊いた。
「ねえ、先輩。スチルトンって何っすか?」
「本当に何にも知らねえ奴だな。チーズの銘柄だ。世界三大ブルーチーズの一つとされている。やや硬めで粘りけが特徴の、イギリスのレスターシャ地方特産品だ。ついでに、ラプサンスーチョンのことも教えてやる」
「さっき訊きました。中国の四川産薫製茶っすよね」
「判れば宜しい。常識だ」
 佐藤が腕組みしてうなづく。
 博士は、ティーカップとソーサーをテーブルに置いた。目が銀ポットにいった。
「船長、そのポットは掘り出し物ですな。ビクトリア朝時代の純銀製とお見受けしますが……」
「さよう、昨今はメッキものが多くて嘆かわしい。素晴らしい紅茶には本物を使うべきなのです」
 船長は、嬉しそうに口髭を撫でていた。
 ティーカップの口は花のように開いている。
 博士は、紅茶をソーサーに移し、ぐい、と一気に飲み干した。
 中居が真似て飲む。横目で見た佐藤は小声で後輩を酷評した。
「普通に飲め、中居。ビクトリア朝生まれの人たちがやるからダンディーなんだ。おまえがやったらピエロだ」
 中居が首を引っ込める。
 船長が話しを続けた。
「しかし何ですな。茶とはつくづく因果な飲み物だとは思いませんか? もし茶がなければ合衆国独立革命もなかった。古くは中国唐王朝滅亡の引き金となったのも茶であったと訊いています」
 さて、茶を飲む習慣はいつごろから、どのように広まっていったのだろうか?

 二十一世紀になった現在の新聞記事に、こんなことが書かれてあった。中国浙江省に田螺山遺跡というのがある。初期稲作集落跡だ。そこから約六千年前の地層から世界最古の茶畑跡が発見された。とはいっても喫茶の習慣はしばらくは中国南部限定にとどまり、全土に広まるのは八世紀・唐代になってからのことだ。
 唐王朝は茶に高税をかけた。大衆は、闇ルートで安値の茶を入手。政府は、茶の密売商人を摘発。対して密売商人たちは兵を挙げて政府軍と交戦。ついには唐を滅ぼしてしまったのである。これが九世紀末に起きた「黄巣の乱」だ。
 時代は下り十七世紀イギリス・エリザベス朝になると、紅茶がイギリスに輸入されるようになり、健康にいいという口コミから喫茶習慣が爆発的に広まった。
 十八世紀になると、イギリス植民地であったアメリカ新大陸の諸州は、本国の息がかかった東インド会社を経由した高い紅茶を飲まなくなった。代わりにオランダの密輸紅茶を大量に購入する。結果、取り締まりをいったイギリスに対して、密輸をしていた連中が暴動を起こした。東インド会社の紅茶運搬船を襲ってボストン湾に茶を捨てる「ボストン茶事件」が勃発。「アメリカ独立革命」に至った。
 十八世紀も中頃のこと、イギリスは他方で、本国とインド・中国を結んだ三角交易を行うようになっていたが、中国茶の流入にしたので大赤字を出した。そこでインドで大麻を栽培して、阿片を中国に輸出するようになった。イギリスと抵抗する中国との間で、「阿片戦争」が勃発。当時の中国を支配していた清朝は崩壊へと向かっていく。
 閑話余談ながら、かつて、中国茶が輸入船のなかで緑茶から自然発酵し紅茶となったという説もあったが、現在は否定されている。中国茶にも発酵茶があるからだ。なお中国茶の「チャア」が訛った言葉が、インドの「チャイ」や、イギリスの「ティー」となった。

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