伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第28回/アンモナイト
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第28回/アンモナイト

 水戸線は栃木県の小山から茨城県の水戸を結ぶローカル線で、横長の座席と吊革だけがある通勤列車だ。筑波山が途中でみえるという以外は何もない単調な田園地帯を貫くだけの路線だ。終点水戸駅の少し前、笠間駅で降りた。谷間に開けた城下町で、笠間焼という窯業が盛んな所でもある。旅館やうどん屋が建ち並ぶ古びた市街地の真ん中に、一際大きな赤鳥居があるところが笠間稲荷神社だ。景観はなんとなく鎌倉に似ていなくもない。

 蝉が鳴いていた。恋人・雫の墓参りにいったのは、殺されてから半年も経ってからだった。彼女の墓が笠間稲荷神社の裏手にあるというのは知っていたのだけれども、葬式の後、鬼籍に入ったということを認めたくなくて、まだ訪れていなかったのだ。周囲の人々の励ましがあって、どうにか回復してきたので、ようやく墓参りができた。

 墓標に先祖代々と刻んであるのだが、納まっているのは雫だけだ。周囲が贅をこらしているのに対して半畳あるか否かというほどの広さだ。とはいうものの、瓶やら壺やら焼き物で囲まれて賑やかで、器にはことごとく花が添えられている。焼香し、途中の花屋で買った赤い薔薇を備え合掌する。流すまいと思っていた涙がまた溢れてしまう。

 目を腫らした無様な顔のままで立ち上がったとき、後ろから声がした。

「もしかして、恋太郎君?」

 恋太郎が振り向くと、葬式のときに一度だけ会った母親がいた。日傘、白い和服。歳を重ねてはいるが、雫の面影をその人から見出すことが出来る。潤んだような目、微笑みを浮かべる口元に哀愁を浮かべるところだ。母親は娘を失ってから話す相手が少なくなったのか、一方的に恋太郎に話をしてきて、話しながら、こぼれ落ちた涙をハンカチでおさえていた。

 妻子ある財界人と恋仲となり雫を身籠ったこと。その人の援助で母子が生活をしていたこと。雫の父親は、若い時から陶芸が趣味で、時間をみつけては笠間にある陶芸家の窯で教えを乞うていた。母親は滞在先の旅館で働いていて、やがて愛し合うようになった。

「花が添えられた瓶や壺といった焼き物。もしかしてあれは、雫さんのお父様がお造りになった物ですか?」

雫の母親との別れ際、そういおうとして喉元で止めた。判り切ったことだ。生前の雫は、「金銭に不自由はしていない代わりに、『お父さん』っていっていいのか判らないけれど、その人に抱っこしてもらったり、遊んでもらったりしたことはほとんどなかった」と口にしたことがある。

(無関心というわけじゃなかったんだな)

 恋太郎は、雫の母親に見送られて帰りの列車に乗り込んだ。


 (第5章 了)
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