伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第27回/アンモナイト
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第27回/アンモナイト


四月下旬。新緑の季節だ。恋太郎は、真希に連れられて子供のころ螢が発見した化石層の剥き出しとなった断崖にむかっていた。
 国鉄磐越東線は、太平洋側の平駅と内陸にある郡山を結ぶ鉄道路線だ。客車はセピア色で、DD51型ディーゼル機関車に牽引され、渓谷に開けた町々を往来していた。急行いわきというのもありそれに乗る。機関車は凸型をしていて、全体を赤色塗装していたため恋太郎は『レッドバロン』というあだ名をつけていた。 
 螢を亡くしたあと芳野家は、その父親である泉谷炭鉱社主を亡くしている。破産したというわけではないが、石油エナジー革命の到来で石炭が不要になるということは目にみえて判ることで、夫を亡くした叔母が、跡を引き継ぐとすぐに炭鉱を閉山させたことは賢明な判断といえる。維持費のかかる泉谷の「白亜御殿」や、ここ江田信号場そばの別荘を手放したのも見事な采配だった。持病が悪化して亡くなるまで、叔母は病院個室に籠って、会社幹部や顧問弁護士と話し合って、従業員への退職金を支払いなどやれる限りをやって、ほぼ後片付けが終わったところで病院で亡くなった。渓谷に臨んだ集落の外れにあった陶芸家の窯場のような平屋別荘は取り壊されて草原になっていた。
 そこから二人は、沢地沿いに山の奥へと入っていった。
 阿武隈山地は、東北の南端を東西に走っている。その昔、温かな海であったところが隆起したところだという。準平原とも呼ばれ、長い年月からなる浸食により、なだらかな山並みが続いている。
 山の中は落葉広葉樹の深い森が続いていた。奥深く先のみ通せないブナの森の広がる山塊は、かつては珊瑚礁であったのだろう。断崖を削ると化石である石灰岩層を見出すことができた。そこを密やかに地下水が、トンネル状の川をなして流れ、天井の水滴が何万年かの時間をかけて鍾乳石をつくりだしていた。
 駅から森にむかうと野鳥の声だけがした。夏井川の上流で白濁した川を横切り、渓谷を遡って奥へ奥へと分け入っていくと、木漏れ日が射す溜まりになった場所があった。川の淀みに岩魚が数匹泳いでいるのがみえた。岸を囲っているのは剥げた砂岩の岩肌で礫が落ちくる。斜面をよじ登った二人はピッケルで、転がっている礫を割った。すると割れ口から鮫の歯と掌に載るほどの大きさをした巻貝のような化石・アンモナイトが現れた。
  ☆
 恋太郎は七歳のときに「装飾横穴墓」の渦巻き文様をみて、強烈なインパクトを受けていた。それから間もなくランプ先生に絵を師事する。先生のアトリエは揺り籠だった。
そこにどうやってたどり着いたかは覚えていない。ただ故郷に帰った恋太郎の肩を真っ先に抱いてくれたのは、先生と同じ匂いがする娘の真希だった。ときどき壊れてしまう痩せっぽっちの青年の手をとって、思い出の森に来るのを手助けしてくれたのも、その人だった。
「そう、雫さん、幸せだったんだ。飢えた彼女の父親代わりをして一方的にエナジーを与えていたようにも訊こえるけれど、満たされていたのは君だったの。君は優しいだけの『男の子』に過ぎなかった。いつか君も父親になる。家族を守ることができる強い『男』になるのはまだまだ先のことだろうけれど、雫さんが現れたことで少なくとも、きっかけにはなったと思う。そういう意味で彼女は『天使』ね」
 涙が溢れでる。背中越しに二つの乳房の温もりと心臓の鼓動が伝わってくるのを感じた。恋太郎は胎児のようにうずくまり、その人に抱かれて座ったまま眠りについた。
  ☆
 雫の葬儀の日。亡骸を乗せた霊柩車が斎場を出て火葬場に向かうところに恋太郎は立ち会った。知らせを受けた恋太郎は事実を受け入れることができなかった。葬儀の日もまともには立ち上がれず、立ち上がっても何度も転び、愛矢の肩を借りてどうにか斎場に着くことができたのだ。
 弔問に訪れたポモリ教授が、喫茶店「めらんこりい」のマダムと話しをしているのが訊こえた。
「可哀想に、雫さん、バタフライナイフで滅多刺しにされたそうだ。恋太郎君もみちゃおれんよ」
 恋太郎は肩を借りてどうにか焼香をしたものの、棺に横たわる恋人の顔をみた途端、がくっ、と膝を落とした。
(雫、螢姉さん、桜ちゃん。ごめん。僕は何て無力なんだ。誰一人守れやしない……)
 長い髪をした物静かな雫。恋太郎にいつも寄り添っていた彼女は、誰の目にも輝いてみえた。出会ったばかりのころならば恋太郎にべったりで、スーパーにさえも付き合せていたのが嘘のようだ。魂を共鳴させたあの夜、「二十歳になったら籍を入れよう」と耳元でささやいてからは、全身に愛が満ち溢れ、一人でいても恋太郎を身近に感じとっていたのだ。それが仇になるとは……。
 恋太郎は五月に休学届けを出していた。正確にいえば壊れていた息子に代わって母親が郵送で手配してくれたものだ。症状が快方にむかったのは梅雨が明けた七月になってからだった。
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