伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第19回/アンモナイト
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第19回/アンモナイト

週末。恋太郎と愛矢は、映画『アラビアのロレンス』のリバイバルを観に新宿にでかけた。雫も誘ったのだが体調が悪いとのことで、野郎二人の鑑賞になった。帰りは、寮のある小田急線生田ではなく多摩センター駅で降りた。駅からバスで五分ばかりいったところに赤城のアパートがあり、一泊することになったからだ。

多摩センター駅構内を歩くと、小洒落たフランス風のベイカリーがある。ガラス越しに椅子とテーブルがみえ、食事ができるのが判る。そこで音楽家ポール・モーリアによく似た口髭の紳士をみかけた。

「ポモリ教授だ」

挨拶をしようと店内をのぞいたところ、年若い女性店員と話し込んで楽しそうにしているので声はかけず、気をきかせバスに乗った。



週明け。恋太郎は例のごとく、大学の講義受講のあと、雫とバスを待ち合わせるため、「めらんこりい」に入った。マダムが、「いらっしゃい」と声をかけた。奥には愛矢、そしてポモリ教授が先客でいる。音楽家ポール・モーリアによく似た口髭の教授は、ズボンのポケットから蓋のない懐中時計を取り出した。

教授と愛矢の隣りには、みたことのある顔があった。そう、ベイカリーにいた女性店員だ。若いというよりは幼く、高校生くらいだ。ポモリ教授は、パリジェンヌと呼んでいて、「ガールフレンドです」と紹介した。その娘が恋太郎にいった。

一目で判りました。田村恋太郎さんですね。教授からお話しをうかがってます」

「えっ?」

パリジェンヌは、肩のあたりで刈りそろえた髪、ショートパンツにブラウス、ハイソックスでスニーカー姿で、高校の女子生徒が休みの日に街にでかけるような格好だ。ポモリ教授とは親子以上の年齢差があり、しかも未成年ではないか。ご両親は離婚して母親が再婚。いまは、やもめになった父親と、下の弟二人と一緒に暮らしているのだという。高校を定時制にし、ベイカリーで働いているのは、将来は職人となって店をもつのが夢だからだという。

(この子にはヴィジョンがある。凄いことだ!)

浮き雲のような恋太郎には目から鱗で、教授が好きになるのも無理からぬことと思った。

教授は余暇に童話絵本の原稿を書く。挿し絵画家は、たまたま目にした外国の雑誌にあったスイス人を登用した。水彩画で少し抽象画がかっている。

話の筋は、鳥と猫がいて仲良しになる。ある日、鳥はかすみ網にかかってしまう。猫は爪や牙で網を破って友人を逃がしてやるのだが、猟師が刻一刻と迫ってくるのでスリリングな展開だった。

教授は、パリジェンヌのために気の利いた曲をいくつかプレゼントしたものだが、そんなとき、何かインスピレーションを感じているようだった。

学校帰りの雫が顔をだした。雫を交えて皆で歓談し、バスが来たので先に店をでた。いつものようにバスは満員で、恋太郎は雫を庇うように擦り皮につかまった。

「ねえ、恋太郎さん。教授はガールフレンドだっておっしゃっていたけれど、あの子、娘さん? まさか不倫?」

「教授は奥さんを亡くされているから独身だ。パリジェンヌも十八歳だから、両親の承諾があれば結婚できる」

 雫がいった。

「ポモリ教授とパリジェンヌは、変な関係じゃなくてアートな感性が共鳴し高めあっているんじゃないのかな。モネの『睡蓮』みたいに光の連鎖があるように思えるの。私たちもそうなりたいものね」

日を追うごとに堪らなく愛おしく感じてくる。恋太郎は満員をいいことに彼女の肩を抱いた。夜空には丸い月がある。
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genre : 小説・文学

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