伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第15回/アンモナイト
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第15回/アンモナイト

恋太郎は、大きな冷蔵庫を勝手に開けて、野菜を取出しきざみ、オリーブ油を敷いたフライパンでゆでたパスタとともに炒め出した。皿に盛ろうとしたとき、雫がバスタオル姿で浴室からちょっと顔を出した。

「あ、恋太郎さん、お昼に誘ったのは私なのに作らせちゃってごめんなさい」

「料理作るのが好きなんだ。気にしなくてもいいよ」

「どういうわけだか、ここのお部屋って脱衣場がないの。ちょっと後ろを向いててもらっていい?」

「気が利かなくてごめん」

恋太郎はガスレンジの火を止め後ろをむいた。雫が着替えている様子はない。否、近づいて背後にきているではないか。バスタオルが落ちた。二つの乳房の温もりをシャツ越しの背中に感じ、両腕が恋太郎を柔らかく抱きしめまだ濡れた長い髪が首筋に触れた。

「一緒に暮らして欲しいの、お願い」

腕は湯気がたち吐息を耳に感じた。痩せっぽっちの青年は目を白黒させるより手だてがない。

恋太郎は先日視たテレビ番組を思いだした。動物園を扱ったドキュメントで、母親が育児放棄をした白熊を若い飼育員が哺乳瓶で育てていた。白熊が赤ん坊のうちは腹に載せて宿舎にも連れ帰っていた。だが成獣になると、動物園側が危険になると判断し、檻の中に隔離するようになった。大きくなった白熊は、折の向こう側で見守る飼育員に触れたい。だが触れることはかなわない。結果として原因不明の痙攣を起こして酩酊するのだ。

(そういうことか?)

寝台に横たわり天井をみた恋太郎は雫の横顔を眺めた。毛布の中の彼女は全裸で、恋太郎にすがりつき、眠りにつくまでは硬直したようになって震え、熱病のように多量の汗をかいている。細身の青年は理解した。雫が求めている愛の形は「男」としての自分ではなく、接点の少なかった父親の代用だったのだ。

髪の長い潤んだ瞳の少女は胎児のような恰好で、太腿を細身な青年の脚にからめ、胸のところに顔を押しつけたまま寝息をたて始めた。手もつけずに裸の娘を抱いて横たわるということは初めこそ心臓の高鳴りを楽しむことができたとはいえ、慣れてくると辛くなってくる。

若者は服を脱いではいない。シャンプーの香りとシャツ越しに伝わる二つの乳房のやわらかさ、ズボン越しに右腿に伝わる淡い茂みの感触すらも当に消えてしまっていた。痩せっぽちの雫がこんなに重く感じるのはどうしたことだろう。同じ姿勢で動くことはできず、背中やら脚、腕までもが痺れ、昼食のパスタを食べ損ねたことによる空腹も限界だ。壁の隅にあった目覚まし時計をみると三時になっている。恋太郎が少し動いたので雫が目を覚ました。

「ごめんね、恋太郎さん」

「パスタ食べようか?」

恋太郎が冷めてしまったパスタを作り直し皿に盛るその間に、雫は服を着てテーブルの上のちょっと温くなったワインをグラスにつぎ足す。席に着くと二人は黙々と食べだした。食べ終わってしまうとすることがない。時計の音だけがする。しばらく気まずい顔になって下を向いていた。切り出してきたのは雫だ。

「恋太郎さん、また遊びにきてくれる? 今度はちゃんと私がランチを作るから――」

「うん、楽しみにしているよ」

恋太郎が笑顔をつくると、壊れそうな表情をしていた雫が、(よかった。嫌われたかと思った)といわんばかりに、はしゃぐような仕草をした。時計の針が夜八時を回った。玄関先で、「じゃあ、帰るね」といってドアノブを回しかけたとき、雫が細身である青年の背中にしがみついた。

「寂しかったのかい?」

雫がうなずき、振り返った恋太郎の唇に自らの唇を重ね合わせた。雫の容姿は十五歳で時を止めた従姉・螢に酷似していた。しかし性格はどうだろう? 内面において早熟な螢は、大人の女性・真希に近い。どちらかというと雫は、丘ノ上病院で命がついえた真希の妹・桜が、そのまま大きくなったかのような感じがした。

「半日後には会える」

「そうね、半日後には会えるんだよね。一日が十二時間だったらいいのに……」

けっきょくのところ寮には終電で戻る羽目になった。寮の門限は十時だ。けれども、ぶっきらぼうな寮長閣下は学生を甘やかすということはしなかったのだが、必要以上のしめつけもしなかった。玄関扉はこういう「不良な」学生たちのために、いつも施錠していなかったのである。
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genre : 小説・文学

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