伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第6回/アンモナイト
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第6回/アンモナイト




桜は恋太郎が絵本を読んでくれたので満足の様子だ。

「また読んでね、お兄ちゃん」

「いいよ、明日また違う本を読んでやるよ」

少年は妹ができたようで悪い気はしない。桜が笑うと恋太郎も笑った。

翌朝。 恋太郎が目を覚ますと桜はいなかった。廊下に出ようとすると、看護師たちの声がしていた。

「桜ちゃん、偉かったわね。幼いなりに迫り来る『死』を受け止めていたのね」

「それにしても、夜のうちに様態が急変するなんて」

バルコニーには、桜の両親と歳の離れた姉が、桜の亡骸を抱いてすすり泣く姿があった。真希が恋太郎をみつけ、泣きじゃくりながら、「妹に親切にしてくれてありがとう」とどうにかいった。

幼い恋太郎には、「死」というものが理解できなかった。愛する人が突然いなくなるということは恐怖そのもので、「人は亡くなると天に昇って星になる」と両親が慰めるようにいうのだが、納得できる話しではない。ショックを受けた少年は、また体調を崩して面会謝絶の個室に戻る羽目になった。



小学生から高校生にかけて恋太郎は、休みになるたび、バスに乗って画家の家にデッサンを習いにいくようになった。入院していた桜と姉である真希の父親は画家で、画家の家族と恋太郎は互いを求めていた。画家の家族は次女を失った悲しみを、恋太郎は螢を失った悲しみを癒したかったのだ。

真希を通じて恋太郎がデッサンを嗜んでいることを知ると、画家は、「よかったらデッサンを教えてやるよ。うちにおいで」と申しでた。断る理由はない。他に弟子はいないので個人授業だった。油絵具臭い離れのアトリエには大きなランプがあったので、恋太郎は、画家をランプ先生と呼んだ。

毎回、大きなスケッチブックに、洋酒の瓶、果物、花、ボール、皿といった静物を4B鉛筆や木炭で濃淡をつけていく。片腕を伸ばし、鉛筆を物差しにして、一・二倍にすると画面いっぱいに描けた。

「恋太郎君、道を歩くときはね、周りの風景から暗くなっている順番を捜すといい。そうやって頭の中で絶えず絵を描くんだ」

先生とスケッチに出かけるときは、出かける前に必ずアトリエで予習をしたものだ。

「宇宙には計算されつくした秩序がある。宇宙のかけらである地球もそうだ。自然界のあらゆるものには法則がある。絵だってそうだ。例えばごらん――」

先生は新聞紙の上にスケッチブックを置いた。木炭の線は左側の新聞紙から画面の真ん中を横切って右側に抜けた。

「これが水平線『アイレベル』だよ。スケッチブックから新聞紙にはみ出した両側から、それぞれ測定線を伸ばし手前でクロスさせる。測定線に沿って四角形を描く。ビルの土台だな。土台の角から垂直線を描き天井をつければビルは完成する。二点透視図法ってやつだ」

恋太郎は真似て描いた。先生は講義を続けた。

「次は光の当て方だ。水平線『アイレベル』に直行するように縦線を引く。水平線の上が太陽である『照点』、下が太陽の真下になる『位置点』だ。太陽の点『照点』から測定線をビルの天井角に延ばす。次に『位置点』からビルの底の角に測定線を延ばす。クロスするところができるだろう。それが影なんだ」

ランプ先生は、遠近法で描く画面の中で、等間隔に並ぶ電柱の描き方、山に当たる光の描き方に加えて、同色の絵の具で影の濃淡を描き後で色をつけていく「グリセイユ」や「カマセイユ」といったレンブラント派による古典技法なんかも教えてくれた。

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