伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第5回/アンモナイト
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第5回/アンモナイト


 海猫町には、町立丘ノ上病院があった。セピアブラックの屋根、あせたピンク色の壁、クリームグリーンにペンキを塗った梁と柱だった。木造二階で、名前の通り丘の上にあった。遠く海を望むことができる。町の住人は、ここで産湯をつかり、診察をうけ、生涯を終えた。恋太郎や父親が生まれたのも、祖父母が息を引き取ったのもその病院だった。
 母親が入退院を繰り返していて、父親がよく見舞いにきていた。恋太郎は入院し、危険な状態を脱すると個室から「子供部屋」と呼ばれる六人部屋に移された。先住者は四人おり、全員が同じくらいの少年で、すぐ友達になった。この四人にとって病院は格好の遊び場だった。パジャマを着たギャングどもは、板張りの階段・待合室・廊下を駆けずり回って、看護師に注意されていたものだ。
当時は看護師も女性しか存在せず看護婦と呼ばれており、「白衣の天使」と呼ばれていたもので、いまでこそ水色やピンクもあるが、文字通りに白衣しかなかったのだ。
「アンタたち、病人なんだからね。判っているの?」
 桜の季節、空いていた六つめのベッドに、最後の住人・幼稚園児と思われる童女がやってきた。髪は肩のところでそろえている。あどけない顔に潤んだような瞳が印象的で、微笑むと誰もが微笑み返した。恋太郎同様に、ほかの少年たちと駆け回るほどの体力はなく、窓際のベッドから咲き誇る花ばかりみていた。その名も桜だ。
 母親の病室を見舞ってから、スーツ姿の父親が、恋太郎のいる「子供部屋」を訪ねてきたものだ。桜の世話はもっぱら母親がしており、ときどき歳の離れた姉が手伝っていた。姉というのは高校生でセーラー服を着ている。亡くなった従姉・螢と同じ年頃だ。背丈や切れ長の目をしているというところは、潤んだような瞳をした螢と違うところであるのだけれども、長い髪であるところが螢と重なってしまう。名前は真希といった。
 絵の号数の前にはF・S・P・Mといった比率を表すアルファベットがつく。少年はこのうちF-1を好んだ。B5判大学ノートの大きさに近く、持ち運びに便利だからだ。恋太郎はスケッチブックに4B鉛筆で桜を描いた。真希はそれをみて驚愕した。
「あっ、児童画じゃない。デッサンになっている。恋太郎君、誰かに習ったの?」
「螢姉さんに習ったんだ……」
「へええっ、螢姉さんって大学生?」
 少年が首を横に振り、「中学生だよ」と答えると、真希はまた驚いた顔をした。
「私も螢姉さんに会いたいな」
「駄目だよ」
「どうして?」
「死んじゃったんだ」
「!」
 思い切ったように答えた少年の言葉に、女子高生はそれ以上を訊かず、夕方、勤め先から病院に立ち寄った恋太郎の父親から、廊下で、事情を訊いて納得した。
「恋太郎君のお父さんですか?」
「桜ちゃんっていうんですか。可愛い妹さんですね」
「はい、ありがとうございます」
 恋太郎の父親は、桜のベッドの横のサイドテーブル上にカルテをみつけた。看護師が忘れていったものだ。昔の医者はドイツ語で診断書を書いていたもので、普通の人は読めなかったのだが、恋太郎の父親は、学生時代に外国語科目で受講していたため、専門用語が多いカルテではあるが、何となく文意を理解することができたのだ。看護婦が、慌てて戻ってきてひったくるように持ち帰ったので、病気がなんであるか察しがついたようだった。 父親は、どうにか起き上がれるほどに回復した少年に、「桜ちゃんのお母さんや真希さんがいないときは、絵本を読んでやれよ」と命じた。真希は恐縮していたのだけれども、 「こいつも勉強になりますから」という言葉に押されて了解した。恋太郎が読んだのは、『桜の下の王子様』という絵本だった。

 昔、丘の上のお城に住んでいる可愛いお姫様がおりました。ある日、おやつの時間。お姫様が、片手に盛った桜ん坊を食べようとしたときのことです。一つが地面に落ちて転がってしまい泣きました。
 ところがどうでしょう、転がり落ちた桜ん坊から芽がでて、お姫様が美しく成長したころ、立派な木になり、花が咲いて、桜ん坊がたわわに実るようになったではありませんか。 さらに何年かして、桜の木に見慣れない馬が繋がれていたました。そうです、素敵な王子様が、結婚を申し込みにきたのです。

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