伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 茨城巡査/恋太郎白書165・(掌編)
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

茨城巡査/恋太郎白書165・(掌編)


昔、恋をしてはふられてばかりいる若者がおり、人は指をさして恋太郎と呼んだ。花や紅葉が、はらはら、と漂う、そんな若者だった。

掌編恋愛小説群
恋太郎白書
第165回 


夏場、泉谷と呼ばれる小盆地の田地が水で満たされるころ、小島のようになる場所がある。基盤層である岩盤が剥きだしになった高さ二メートル強の岩塊。頂きにあるのがバルコニー付き二階建て洋館「白亜御殿」で、谷の真ん中にあたる。その谷を囲む尾根裾の北側には、浄土庭園を備えた名刹・泉寺、西から南にかけて旧家の集落、東側には炭鉱会社幹部たちの社宅街が存在した。


谷の中央を東流する海猫川北岸で、泉寺の寺域の境をなす屏風のような尾根が、岬のように、川に張り出したところがある。そこを開削して県道をつくることになった。早々、ダイナマイトで尾根先端を吹き飛ばし、砂岩が剥きでた崖になった。

工区は危険区域とすべきところだが、当時は「安全対策」という概念が希薄あるいは皆無という時代でフェンスがされていない。そしてどういうわけだか、工事計画が突然中止されてしまったのだ。


突如山林が終わり、ブナの木の枝からは、太いツルが垂れ下がっている。映画『ターザン』が流行っていた。こんな面白い場所を恐れ知らずの悪童どもが、見逃すはずがあろうか? たちまち泉谷の旧家集落・幹部社宅街、それに入山地区の炭鉱長屋といった半径一キロ圏の子供たち、男児ばかりが大集結した。普段は顔を合わせない面々で、遊び仲間は五十人強に数が膨らみ、まだ増える勢いである。


高さ三メートルはあろう崖に突き出たツルにつかまって、悪童軍団はターザンになった。


アーアアー。


遊び場となって三日目、停年間際の巡査が、白い自転車に乗ってヨタヨタ走ってきて、「こら童ども!」と怒鳴って崖下に引きずり降ろした。目を合わせぬよう悪童ども全員が下を向いている。老巡査はとうとうと説教をしだした。何をいったか誰も記憶などはしていないが恐怖であったことは確かだった。


老巡査は茨城県出身の旧士族だった。近代になって水戸藩が解体されると、士族たちは警官となって全国に散らばった。敬語が少ない地域である。烈火のごとく怒ると、警棒で殴り殺さんばかりの勢いであるため、「茨城巡査」と人々は恐れたものである。彼はきっと最後の一人だったに違いない。


怒られている悪童どもの中に、小学校に上がったばかりの恋太郎がいたのはいうまでもない。そして泉寺寺域横になぜだかあるキリスト教会の牧師の息子が混じっていた。同学年の愛矢だ。泉谷小学校は五組ある。顔は合わせたことはあるが口をきいたことはなかった違うクラスの子で、悪童「恋愛コンビ」はここで結成された。




旧家集落の家々にはそれぞれ屋号というものがあり、恋太郎の実家は「花丁」という。どの家もそうなのだが、名付けられた当初はいわれがあったのだろうが、いまとなっては意味不明になっていた。


「ターザン事件」からしばらく経ってからのことだ。通りに面した「花丁」屋敷土塀に子供用自転車が鍵もかけられずに数日放置されていた。盗難されたものだ。みかねた恋太郎は、親しくなった愛矢と一緒に、「屁っぴり坂」を超えた山向こうの炭鉱長屋街・入山地区にある駐在所に行って届けにいった。瓦葺きでタールを塗ったくった平屋の駐在所で、長年連れ添った夫人と暮らしている。

「良いことをすれば報われねばならぬ」

恐怖の「茨城巡査」は、恐る恐る訪れた児童二人の頭を笑いながら撫で、茶請けの飴やら煎餅やらをたんまりポケットに突っこんで帰したのだった。

後日、子供用自転車の持ち主の母親が礼をいいに恋太郎と愛矢の家を訪ねてきた。恋太郎のところに手土産にもってきたのは「ギターペイント」というブランドの水彩絵の具詰め合わせだった。駐在が恋太郎の好みを教えたものにほかならない。


【登場人物】


恋太郎/長じて失恋の天才児となる。


愛矢/恋太郎の悪友。牧師の息子。








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