伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第31回/トリスタンの殺人 『伯爵令嬢シナモン1924年』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第31回/トリスタンの殺人 『伯爵令嬢シナモン1924年』

2012年4月校正

伯爵令嬢シナモン1924年
「トリスタンの殺人」  

サイドカー 

第3章 ウバティー(6)
 
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 シナモンがエリーのそばに行って声をかけている間に男たちは城を抜け出して、港に臨んだ倉庫に入っていった。一行かくるやいなやロレンスの部下である軍人たちが準備していた映写機を回し始めた。ロレンスがスクリーンを指さした。 
「あれが、われらの祖国イギリスの敵となる男。政権中枢部の大半は、友達だと勘違いしている。気づいているのはウイストン・チャーチル閣下と一握りの人たちだけです」
 映写機のなかの人物は、口髭をはやし、大衆の前で演説をしていた。聴衆の中には女性も多く興奮した若い女性の中には失神している人もいた。口髭の男の演説は論理的で、しかも音楽的で、ゼスチャーがはいれば劇的にさえなり、人々を陶酔させていた。
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──わがドイツ民族は、ダーウインの『進化論』でいうところの頂点にいる人種だ。自然界は弱肉強食。弱い種は淘汰されるべき者なのだ……。
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 サトウ卿は、シナモンの演じた『トリスタンとイゾルテ』に登場し、主人公トリスタンを誘惑し続けた「黒き竜」を思い出し、スコルツェニー少年の顔が浮かんだのだった。 
 スクリーンに映し出された人物についてロレンスが補説した。 
 「レザー警部はまだご存じないかもしれない。だが、サー・アーネスト・サトウ、元外交官でいらっしゃる貴男なら、この男の危険性は理解していらっしゃるでしょう──アドルフ・ヒトラー、もともとはオーストリー人です……首相と多くの閣僚たちは、ヒトラーが反共を唱っていることから、ロシア革命で共産党が政権を握ったソビエト連邦に対する防波堤として利用できると考えています」 
 警部は目を見張った。 
「ヒトラーと今回の事件との因果関係は──」 
 警部からの質問には、ロレンスに代わってモーガンが答えた。 
「ジョージ・セシルは、レオノイスの大地主という顔のほかに、ロンドンに本店をもつ証券会社の役員という顔もあるのはご承知ですね。そうです、ここまでくれば察しがつくでしょう。彼は諜報機関の人間だったわけですよ──ウイーンでかき集めたヒトラー関連の膨大な資料をせっせと自宅に送っていて、僕が仲介してロンドンに運んでいた……ところが『敵』が勘づいて妨害してきたというわけです」 
「そうか、資料というのが、レディー・シナモンがいっていたファイルで、受け渡し場所がトリスタン島だったというわけですな! それならば、故ジョージ・セシル氏が、鉄道路線をつかったフランス経由の直線路で帰国せずに、ドナウ川をくだって黒海にでて、そこから海路リザードを目指すといった複雑な迂回路を通って帰国した理由の説明がつく」 
「ご明察。港の漁師たちもしていたでしょうけれど──密貿易船らしき船が、ファイルを受け取りにきた僕を乗せた小型汽船に発砲していた……という話し。あれこそが『敵』です」 
 サトウ卿がそこでロレンスに訊いた。 
「それで、ファイルは?」 
 ロレンスはうなづくと、部下を呼んで、二冊のファイルをとってこさせた。 
「残念ながら二冊だけです。真犯人のチャールズが白状しましたよ。拷問器具をみせただけ使わずに済んだのでよかった──投資の失敗から借金の膨らんだチャールズは返済に困っていました。そこにイゾルテ島の灯台守が現れて、『従兄であるジョージを殺し、罪を不倫している妻とその愛人になすりつければ遺産が転がり込むだろう』と殺人をそそのかした」 
「なるほど、ジョージを殺害したチャールズは、手を汚さずに莫大な口止め料を請求してきた灯台守が疎ましくなり殺害した。また、灯台守のボートに移したファイルについては、チャールズにとって無価値なもので、警察の捜査で物証になりうる感じがしたので海に沈めた──というところなのだね?」 
 ロレンスはうなづいて言葉を続けた。 
「二冊のファイルからヒトラーは、近くオーストリーを併合する気でいる野望があることは判りました。オーストリーはもともとドイツ民族であり、神聖ローマ帝国歴代皇帝を輩出したところでもあります。またヒトラー自身もオーストリー人ですから野望は達成されるでしょう……問題はその先で、ジョージ・セシルを殺すほどの秘密が失われたファイルには存在していたということです。つまるところ、そこからがヒトラーの真の野望にいたる『設計図』だったというわけです」 
 シナモンは、「トリスタン島とイゾルテ島」に起こった連続殺人の捜査に重要な役割を果たしたあと、夏休み自由研究の続きを再開した。 
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【登場人物】

レディー・シナモン/後に「コンウォールの才媛」の異名をとる英国伯爵令嬢。13 歳。

サトウ卿/英国考古学者・元外交官・勲爵士。サー・アーネスト・サトウ。 主要考古学論文『上野地方の古墳群』。

オットー・スコルツェニー/頬に傷のある少年。後にナチスSS大佐となり、「ヨーロッパ一危険な男」と呼ばれる。

T.E.ロレンス/トーマス・エドワード・ロレンス。陸軍中佐。第1次世界大戦の英雄「アラビアのロレンス」。オクスフォード大学卒の考古学者でもある。戦術書として著書『知恵の七柱』が有名。このほか、高校・大学時の中世城郭研究では、当時の学界に一大センセーションを起こした。

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1930年前後の歴史推理小説 シナモンと素敵な旅をどうぞ

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