伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第18回 /トリスタンの殺人 『伯爵令嬢シナモン1924年』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第18回 /トリスタンの殺人 『伯爵令嬢シナモン1924年』

2012年4月校正

伯爵令嬢シナモン1924年
「トリスタンの殺人」 

第2章 男装の伶人(6)
 


 かもめ岬の斜面を削って造られたギリシャ風円形劇場では、舞台が整えられている。前日、刺客がシナモンを狙っていたとの情報は、ロレンスを通じて警察に連絡がいっている。レオノイスを所轄とするのは、デヴォン州およびコンウオール州警察というところで、本拠地はデボン州の州都エクセターというところにある。そこから応援にきた制服警官たちが拳銃を携帯せず警棒のみを装備しているのは、(犯人を刺激しないように)との配慮でありポリシーであった。 
 イギリスには、銃器を携帯した特別警察というのもあるのだが、首席治安官の判断で、特別警察の要請は見送られた。だが刺客は拳銃で武装しており、凶悪犯に対抗できるか内部からも疑問視する声があがっていた。 
 観客たちは、裏舞台がそういうふうに慌ただしくうごめいていることに気づきもせず、着席して開演前のひとときを楽しんでいる。 
 そして── 
 劇場後方には貴賓席というのがあって、伯爵夫妻と賓客であるアーネスト・サトウ卿が座っている。庭師老夫婦と調理師若夫婦、それに庭師の孫の少年はいつもの席に陣取っている。拳銃をもたない制服警官たちは二十人に増員され、劇場の要所要所に配備されていた。 
 レディー・シナモンが演じるところの騎士トリスタンの物語『トリスタンとイゾルテ』は、第一幕のアイルランド騎士モルオルトとの決闘、第二幕のイゾルテ王女との出会い、第三幕のコンウォール帰還と新たなる旅立ちと続いていった。青年監督がいうように、モルオルトとの決闘シーンでは観客の娘たちが絶叫し早くも失神者がで、やがて第四幕となった。 
     ✩ 
 アイルランドに再上陸を試みるトリスタンの小さな帆船には竜と戦うために必要ないくつもの武器やら防具やらが置かれていた。長弓、石弓、鎖のついて鉄球、槍、戦斧、長剣、短剣、そして鏡のように磨いた長方形の盾、丸く小さい盾……。従者ゴルヴナルが舵をとり、たどりつくまでの間にトリスタンが手入れをし、武器類の刃先には毒を塗った。 
 やがて小舟が竜の住みかに近い洞窟に、トリスタンと従者ゴルヴナルの二人が上陸すると、武器を浜辺から竜の住みかまで続く道筋の岩陰に点々と置いていくのだった。 
 小さな帆船に残したゴルヴナルには、最後の武器となる剣を預けた。最後の剣の名前を、「エクスカリバー」といい、トリスタンを愛する叔父マルク王が貸してくれた神剣である。この神剣こそ、伝説の「赤き竜」の化身アーサー王の佩剣であり、子孫であるコンウォール王国歴代王の証しでもあった。 
 松明を手にしたトリスタンが洞窟に入っていくと、後をつけていく者の存在に気づいたのだが、殺気を感じないため、つけてくる者のことはかまわずに洞窟最深部にまでおりていった。蛇行したり、上下したりする坂道の奥へ行くほどに、霧が濃くなっていく。トリスタンはむせりながら武器を道筋に置いていった。 
 霧は酸を含む障気で、目や皮膚がぴりぴりする。洞窟最深部はおおきな空洞となっており、「黒き竜」がトリスタンを見下していた。それは巨大なトカゲのような姿をしているが前脚のところに蝙蝠のような翼があり、言語ではなく、「心」に直接語りかけた。 
(よく来たなマルク王の甥トリスタン。アーサー王の末裔よ。吾は汝を知っている。なにゆえに汝がここにきたのかもな。なあ、トリスタンよ、汝が吾を倒しアイルランドのイゾルテ王女をコンウォールに連れ帰り、マルク王の妃に迎えたとしよう。しかしそれが何になるのだ? 考えてもみよ、トリスタン。イゾルテ王女がマルク王の子を身ごもれば、汝はコンウォールの王位継承権を失うのだぞ) 
「黒き竜」はあたかも不敵に笑みを浮かべたかのように話しを続けた。 
(侵略してきたアイルランド軍第一の勇者モルオルトを倒してコンウォールを救い、アイルランドと同盟を成功させた汝が得られる報酬とは何だ? 百年の宿敵アイルランドは信用できるのかね? コンウォールは、汝ほどに、汝を愛しているのかね? ……なあ、トリスタンよ、かすかではあるが汝は「赤き竜」の血をひいている。コンウォールとアイルランドではなく、吾と汝とで盟約を結ばぬか?) 
「黒き竜」の言葉はトリスタンの胸に真実を突き刺さしていくのだが、その人は首を激しく横に振った。 
「アイルランドの斥候の騎士は、浜辺にたどり着いた私を救って教会に運び込んだ。教会ではイゾルテ王女が私を介抱してくれた。そしてコンウォールのマルク王は、孤児である私を息子同様に育て、いままた王位の証しである『エクスカリバー』を預けてくれた──私は人を信じる」
そう叫んで、長弓で「黒き竜」に矢をいかけた。 
(愚か者め!) 
 「黒き竜」は、白く濁った酸からなる濃い霧をトリスタンに吐きかけたのだった。



【登場人物】

レディー・シナモン/後に「コンウォールの才媛」の異名をとる英国伯爵令嬢。13 歳。

サトウ卿/英国考古学者・元外交官・勲爵士。サー・アーネスト・サトウ。 主要考古学論文『上野地方の古墳群』。

オットー・スコルツェニー/頬に傷のある少年。後にナチスSS大佐となり、「ヨーロッパ一危険な男」と呼ばれる。

T.E.ロレンス/トーマス・エドワード・ロレンス。陸軍中佐。第1次世界大戦の英雄「アラビアのロレンス」。オクスフォード大学卒の考古学者でもある。戦術書として著書『知恵の七柱』が有名。このほか、高校・大学時の中世城郭研究では、当時の学界に一大センセーションを起こした。


リザード城

レオノイス城から手前イゾルテ島・奥トリスタン島を望む。港が城下町となり、その奥が、かもめ岬である。

スポンサーサイト

theme : 自作小説(ファンタジー)
genre : 小説・文学

line

comment

Secret

No title

エクスガリバーはアーサー王、そしてドラクエでしか知りませんが、その伝説は長く伝わっているのですね。
今日は酔っぱらいです。
ランクポチ。

jizou様

トリスタン物語のバリエーションは実に多く、修行中のトリスタンがアーサー王に仕えていたという話もその一つ。エクスカリバー伝説は、大まかなところ、一度折れて湖の精霊から代わりを貰い、王の死後に遺命により、精霊に返したというのが多数をしめる話のようです。私は、マルク王とトリスタンの共通の祖先にアーサー王がいて、マルク王が直系で、トリスタンが叔父マルク王から剣を借与されているとしました。本来は、別個の物語であるため、トリスタンの剣というものが存在し、黒き竜を倒したほか、フランスのブルゴーニュで数々の武勲をたてて、そこの王を助け、娘である白い手のイゾルテという王女を娶り王位に就き、彼の地で没します。


line
line

line
Google ペイジランク
ページランク-ナビ
line
奄美剣星
line
文鳥貴族
文鳥貴族
line
最新記事
line
「怪盗めろん」

 

line
「文鳥王トリスタン」
 
line
ブクログ
line
小説家になろう
line
amazon書籍
line
アルパカ版の恋太郎です
line
映画『副王家の人々』より
副王家の一族 
line
イアリング
 ekubo
line
チャイナドレス
chainadoress
line
ポーズ
sofa
line
魯迅記念博物館
inu
line
陽だまりの乙女
usagi
line
裸婦
うつぶせのジャスミン
line
sakasu
line
打ち上げ花火をあげられる四季の風景時計
line
PC広告Amazon
line
テーブルと椅子
椅子3   
line
sub_line
プロフィール

奄美剣星 (狼皮のスイーツマン)

Author:奄美剣星 (狼皮のスイーツマン)
1930年前後の歴史推理小説 シナモンと素敵な旅をどうぞ

line
ranking 1
 
line
ranking 2
人気ブログランキングへ
line
置手紙
おきてがみ     
line
Twitter ぼたん
Sweetsman7をフォローしましょう
line
レッドバロン
line
検索フォーム
line
QRコード
QRコード
line
所収作品について
文献・画像等引用の場合は引用元を記載。自作小説倶楽部作品著作権は各著者に帰属。それ以外の文藝作品・絵画写真画像に関する諸権利は当該ブログ管理人に帰属。無断複写転載を禁じます。
line
カジュアルのシナモン
シナモンアップ 
line
リンク
line
マラッカ要塞
marakka
line
珈琲館の割れ甕
城南
line
地図
line
草原の乙女
sougenn
line
バー
eruhurio  
line
海へ行こう
umiheyuku2
line
祖母
  umiheyuku 1
line
洗い髪
araigami
line
癒しの音楽
line
sub_line