伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第12章(1章完結)/ トリスタンの殺人 『伯爵令嬢シナモン1924年』 
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第12章(1章完結)/ トリスタンの殺人 『伯爵令嬢シナモン1924年』 


2012年4月校正『伯爵令嬢シナモン』更新開始 。



伯爵令嬢シナモン1924年
「トリスタンの殺人」 


第1章 二つの島(10)

 エリーを載せた二頭だての馬車が森にさしかかろうとしたとき、横合いの茂みから猪が飛び出してきた。驚いた馬が暴走し、御者が振り落とされてしまった。偶然、狩りにきていたジョージが通りかかった。乗っていた馬を走らせ、馬車へ飛び移り、たずなをとってエリーを救ったのだ。
 近代あたりまで――田舎ではなおのこと――中世のような習慣が残っていた。未婚女性を危機から救った男性は、騎士さながらに求婚する権利があり、女性は受託しなくてはならないという暗黙のルールが存在した。エリーは、若く儚げで思わず守ってやりたくなるような女性であり、長らく家族のいなかったジョージは、当然のことのように彼女を妻としたのである。 
 ジョージの従弟二人のうち、夫人のエリーを敵視するチャールズは細身で背が高く喋るときに頬を振るわせる癖がある。眼は切れ長で神経質な感じのする男だ。他方のエリーにやや好意的なエディックは、肥っていて、頭を刈り上げにしているのが特徴だ。よく笑うのだが、会話の節目にときどき蛇のような冷たい目に変わるときがある。 
 カンカン帽の少女は、「ご忠告に感謝します」と無理につくった笑顔を浮かべてその場を立ち去ろうとした。日が暮れて暗くなってきたとき、灰色のシルクハットを被った紳士が玄関に現れた。
「はじめまして、私は亡くなられたジョージ・セシル様の顧問弁護士です。奥様はいらっしゃいますか?」

 ――大事な話。ほう、もうおいでなすったか?

 チャールズとエディックの表情がにやけた。
 灰色のシルクハットを被った弁護士を案内して、今は亡き居館当主の書斎に集まったのは、夫人のエリー、従弟のチャールズとエディック、そしてシナモンの四人だった。弁護士は封書を開いて故人の遺書を読み上げた。

 ――私・ジョージ・セシルに万が一のことがあった場合、全資産三万ポンドのうち五千ポンド相当を妻のエリーに、残りすべてはシナモンに与えるものとする。

 千五百ポンドで、当時の最高級リムージンであるロールスロイス・シルバーゴーストが買えた。遺書の内容は、そこにいたすべての人を驚愕させるに十分足りるものだった。エリー夫人は夢うつつ、チャールズとエディックの二人なぞは真っ赤になって憤懣を隠せないでいた。
(もっとも血の濃い俺たちを無視するというのか? エリーはともかく、シナモンは戸籍の上では親戚に入るか否かというほどの遠縁ではないか! 財産の大半を十三歳の小娘に与えるというのか?)
 ジョージ・セシルの本家筋であるレオノイス伯爵の令嬢シナモンは、いずれ伯爵家の家督を継いで女伯となり、ジョージの何十倍もの財産を相続することになる。シナモンにとってはジョージの遺産は大した意味をなさない。
 カンカン帽の少女は思った。
(遺産相続は危険な匂いがする。私は命を狙われることになる。お断りするべきかしら?いえ、駄目。犯人の思うつぼ。むしろこれは謎を解く千載一隅のチャンス。泳がせなくては……)
 チャールズは頬を振るわせながらシナモンに訊いた。
「しっ、シナモン、きっ、君はこの話を断るのだろうね?」
 今度はエディックが猫なで声で続く。
「本来、君は遺産相続の圏外の人間だ。もちろん放棄してくれるんだろう?」
 十三歳の貴婦人は、一度天井をみてから、はっきりした声で二人に返答した。
「私は未成年ですので、父に相談することにします」
(子供だから、少し脅すようにいえばうまく事が運べるかと思ったが厄介な事になった。伯爵家には顧問弁護士がいる。これにジョージの弁護士が加勢すれば、俺たちが裁判で勝つ公算はまったくなくなる。残る手はただ一つ……)
 男たち二人の眼孔が怪しく光り輝いた。
 シナモンは、「小母様は葬儀でお疲れです。今夜はこのあたりで──」と帰るようにうながすと、チャールズとエディックは舌打ちして居館を出ていくほかなかった。
(トリスタン島の謎は解けました。次はイゾルテ島……)
 シナモンは、夢うつつのままのエリーを抱きかかえるように、書斎と同じ二階にある寝室まで送り、夕げは一階厨房から自ら運んで食べさせてやった。

(第1章 了)




【登場人物】

レディー・シナモン/後に「コンウォールの才媛」の異名をとる英国伯爵令嬢。13 歳。

サトウ卿/英国考古学者・元外交官・勲爵士。サー・アーネスト・サトウ。

ジョージ・セシル/トリスタン島での殺人事件被害者。レオノイスの名士。

エリー/ジョージの妻。

灯台守/イゾルテ島での殺人事件被害者。

チャールズとエディック/ジョージの従弟。



レオノイス城から手前イゾルテ島・奥トリスタン島を望む。港が城下町となり、その奥が、かもめ岬である。



Link→ Mother Blog/ 伯爵令嬢シナモン『飛行船の殺人』
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genre : 小説・文学

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comment

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No title

現在だったら、法定相続分の遺留分があり、
この相続は一部は無効になりそうですが、
この年代では、遺留分は無かったでしょう。
シナモンちゃん、相当危ない目に遭いそうですね。
ランクポチ。

jizou様

もちろん、はらはらどきどきの、サスペンスになります 汗
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1930年前後の歴史推理小説 シナモンと素敵な旅をどうぞ

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