伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 第10回/トリスタンの殺人 『伯爵令嬢シナモン1924年』
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

第10回/トリスタンの殺人 『伯爵令嬢シナモン1924年』

2012年4月校正『伯爵令嬢シナモン』更新開始 。

伯爵令嬢シナモン1924年
「トリスタンの殺人」 
 
第1章 帰郷(8)


 イギリスでは中世以降、貴族から分家した郷紳《ジェントリー》階層が発生し、富裕市民《ブルジョワ》層と結びついて近代イギリスに大きな発言権をもっていた。ジェントルマンという言葉はここからきている。郷紳層が住むマナー・ハウスは荘園屋敷と訳され、木々や花で飾った庭園は今日のガーデニングの基礎をなしている。
 殺されたジョージ・セシルの屋敷は、レオノイスの城館・港町・かもめ岬のあるレオノイス川の右岸ではなく、川を挟んで向こう側の左岸に臨んでいる。東に面した正門には、サトウ卿がレオノイスにきてから見慣れているユニコーンの紋章があった。ユニコーンの紋章こそがセシル一門の家紋なのである。ジョージ・セシルも郷紳であり、広大な農園を所有する資産家であった。
 死体発見から二日後、レオノイス城とジョージ・セシル邸の中間に位置する南の森の一角にある墓所で埋葬が執り行われた。セシル家一門とレオノイスの名士たちがそろった。牧師が追悼の言葉を述べ終わったころで、空軍のレシプロ戦闘機が飛んできて花束を落としていった。どうやら故人は空軍にも縁故があるらしい。
 成り行きで葬儀に参加したサトウ卿は、参列者が多いわりには、ジョージ・セシル自身の身内が意外なほどに少ないことに気がついた。子供のいない故人の家族と近しい親族縁者といえば妻エリーのほかには、ジョージ・セシルの分家筋にあたるチャールズやエディックといった従弟とその家族。もっとも親しい友人といえばモーガンという人物くらいのものだった。故人の享年は五十歳である。参列者が小声にこんな噂話しをしていた。
「奥方のエリー様はまだ三十歳を過ぎたばかりだとか。気の毒に──」
「まだ若いのが救いだね。ご亭主の莫大な財産を相続したわけだから、いい持参金ができたというもの。美人だし再婚相手は蟻のように群がってくるさ」
「しいっ、言葉が過ぎる!」
 それを訊いたサトウ卿は、事件のアウトラインを描くことが出来た。葬儀のあと、老勲爵士は、故人と親しかったシナモンを屋敷に送迎するため、伯爵家の馬車を借りてジョージの屋敷を訪問することになった。 
    ✩
 ジョージ・セシル邸の正門は東にある。御者をしていたサトウ卿が入ってすぐの所に馬車を停めると、馬車に同乗していた喪主である夫人エリーは、老勲爵士の手を借り、シナモンに続いて馬車を降りた。花々で飾られた見事な庭を西へ通り抜けると二階だての居館玄関前にたどり着く。そこから北を向くとテニスコートがあり、居館とテニスコートとの間にはオークの古木がそびえたっている。
 案外と身内の少ないジョージは、シナモンの一家が訪ねてくるの何よりの楽しみにしていたとみえて、二つある客室のうちの一つはシナモンのための「子供部屋」とし、オークの古木にはブランコをつくったほどだった。その古木を見上げた十三歳の少女は、幼い頃を思い出した。 
    ✩
古木の太い幹をロープで縛ったぶらんこが揺れている。ジョージが童女時代のシナモンを載せたぶらんこを押して遊んでやりながらこう訊いた。長いスカートがひらひらと舞っている。
「シナモン、大きくなったら何になりたい?」
「な・い・しょ……」
ジョージ・セシルは背の高い男だ。スポーツマンで、乗馬やヨット、狩猟を好んだ。四十を越えていたのだが、動きがいいので十歳さばをよんでも誰も疑う者はいな。その人が笑っていった。
「つれないなあ、君くらいの女の子は普通そこで、『小父様のお嫁さんになる』っていってくれるものなのだよ」
「普通、女の子からは、そのようなことを口にしないのです」
 少女は振り向いて少し困った顔をした。
「そういえばそうだね。レディーに対して失礼だったね。ではあらためて、大きくなったら私のお嫁さんになってくれるかい?」
 長いスカートの少女はオークの木のてっぺんを見上げてからこういった。
「一つだけ願いをかなえてくれるなら……」
「願い? いったい何だい?」
「空が飛びたいのです、私。銀色の翼が欲しいな」
 少女を載せたブランコは、青いそらと芝生との間に振り子のように弧を描いていた。難題である。今度はジョージが困った顔をした。 
    ✩
 銀色の翼を手に入れることが出来なかったジョージは、しばらく経ってから──シナモンの代わりといっては失礼になるが、それでも十九歳も若いエリー夫人と出会い結婚したのだ。エリーは細面をしたはかなげな印象で、周りを、(なんとかしてやらなくては……)と思わせる儚さがあった。
 そんなエリーが涙目になって、「シナモン……お願い、今晩は私を一人にしないで──」と懇願した。もちろんシナモンはうなづいた。屋敷には召使いの老夫婦がいるがシナモンでなければ収まらない様子だ。このためサトウ卿は玄関先で二人を下ろすと、馬車をレオノイス城に引き返したのである。
 葬儀の疲れからか、シナモンに付き添われて寝台に休んだ夫人のエリーは、そのまま深い眠りについた。それを見届けてからシナモンは、今夜泊まる「子供部屋」に入った。

リザード城

レオノイス城から手前イゾルテ島・奥トリスタン島を望む。港が城下町となり、その奥が、かもめ岬である。

Link→ Mother Blog/ 伯爵令嬢シナモン『飛行船の殺人』


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comment

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高校時代の世界史の授業で、ジェントルマンの語源
を習ったのを思い出しました。
それから、何とちっとも勉強していない
自分に愕然としてます。
ランクポチ。

jizou様

仕事にかかわりのない科目というのは
どんどん忘れてゆくものですよね
ジェントリー層というのが、
ピューリタン革命の担い手になる新興階級
日本では下級士族たちがまとまって
明治維新となる類似点があり、
ちょっと面白いです
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