伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」 子爵家の至宝1/御嬢様は恋愛執事の夢をみるのか?
 

伯爵令嬢シナモン「飛行船の殺人」

小説、エッセイ、画塾

cinamon B 飛行船シルフィ― cinamon

子爵家の至宝1/御嬢様は恋愛執事の夢をみるのか?

一九二九年四月――

「スパニッシュ様式」の屋敷で、四角い中庭を囲んだ平屋だ。イスラム風幾何学文様の内装を基調としていて、まるで瀟洒な離宮のようにもみえた。

「あれが、白鳥正美……」

「若いね。前田さんと違って、住み込みじゃなく、通うんだって」

両親を船舶事故で亡くした僕・一郎は、遠縁の親戚である奄美家に養子として引き取られた。ちょっとした財閥で、奄美銀行を頂点にしている。少し年上の又従姉・涼子は義理の姉で女学生だ。勝ち気な彼女は小学生だった僕の手をひいてよく屋上に連れて行ってくれたものだ。屋上から道路側が望める。

どこもそうだが、学校というのは敷地の周りに桜木を植えたがる。ほのかに色づいた花が七分咲きになったころだ。三角屋根を載せた三階建ての赤煉瓦建物PSB館時計塔の望める「青山学院正門前」に路面電車が停った。

都電と呼ばれ親しまれていた路面電車は、一両編成で、現在でいえばバスか地下鉄のような感覚で使われていた。そこからコートを羽織った細面の男が降りてきた。路面電車の線路は道路中央にある停車場を降りた男は、こつこつと歩いてきて、大学の向いにあった屋敷の玄関を叩いた。

屋敷には、年老いた執事の前田さんと、若いメイドの奈美恵さんがいた。前田さんが古希となったとき、「そろそろ引退して故郷に帰ろうと思います」といい出した。家族も同様だったので、皆は止めたのだけれども、「最後のわがままです」といい張って暇をとることになった。前田さんと一週間ほど引き継ぎをして、白鳥さんが正式な奄美家執事となった。

涼子御姉様は、新しい執事の白鳥さんが気になって仕方がないようだった。考えてもみたまえ、十四歳といえば恋も盛んな年頃だ。八歳だった僕など眼中になく、大人のムードを漂わせた彼にのぼせ上がるのも無理なきことだろうと思う。

  ✩

激しい波にもまれる小さな帆船。マストや縁に必死でしがみつく乗員たち。闇に光を浮かべるような巧みな技巧。『ガラリアの海の嵐』 レンブラントの絵である。それが壁に飾られているのが奄美家の食堂だ。

家族が食事をとるときも、御姉様は、白鳥さんの姿を目の奥で探しているようだった。ある日、思いつめたような顔で、彼女は僕に切り出した。

「白鳥さんって、家族のこととかいわないし、御父様も御母様も教えてくれないの。どこに住んでいるのかな? 明日、つけてみようか?」

「えっ? 夕食の時間に間に合わなくなります。奈美恵さんが困ると思います」

「大丈夫、その日は、御父様たちは伯爵家の御茶会に出席なさるっておしゃっていたわ。奈美恵さんには、御友達のところに招かれたから、作らなくてもいいって御伝えする。彼女もたまには休息が必要よ」

涼子御姉様は片目をつぶってみせた。僕たちの尾行方法は単純だ。青山学院の時報がなる午後六時に白鳥さんは都電に乗って帰る。車内は満員だ。だからその時刻にあわせて一つ前の停車場から乗って、ほかの客に紛れ込んでしまえばいいというわけだ。

  ✩

さて、翌日の午後六時になった。屋敷前の停車場に電車が停まる。学生服から着替えもせずに路面電車に乗り込み、奥に潜んでいた僕たちは、長身である白鳥さんが乗り込んできたのを確認した。

都電は終点の渋谷で停った。白鳥さんが降りていき、人込みでみえなくなった。僕たちは慌てて後を追おうとしたのだけれども見失った。

夜の街を少女にいざわれて、さまようにはまだ幼すぎた。たぶん僕は泣きっ面になっていたと思う。幼い義弟の機嫌をとるため、御姉様は駅前の喫茶店『倫敦亭』に入って、あんみつをおごってくれた。

暖炉と赤絨毯の店内には、四角いテーブルと背もたれに白鳥の絵がある椅子が置かれている。ビクトリア朝風でやや雑然とした感じがする。出窓から外をみると、巾一メートルほどの小さな生垣があり、薔薇が植えられている。

赤煉瓦で囲った縁を雄のパールホワイト色をしたシャム猫がしなやかながらも悠然と歩き、こちらを一瞥すると、また何事もなかったかのように、通りのどこかに歩いていってみえなくなくなった。

「白鳥さんって、猫だったのかな?」

「莫迦いわないで」

あんみつをすくいかけたスプーンを手にした御姉様が笑った。


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